スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

マインドコントロールの効用 2

 
また、こういう事も考えてみよう。戦争末期、若い特攻兵士が敵艦目がけて飛んでいった。その時の映像からうかがわれるのは、彼らは喜んで〈お国のために〉逝った。もちろん葛藤もあったであろう。また、中にはどうしても割り切れずおかしくなった者もいたであろう。
前向きに祖国のために行った者とどうしてもいやいや行かされた者とどちらが幸せであろうか言うまでもない。どうせ行くなら、完全にマインドコントロールされたほうが幸せだ。
このことは、われわれ平和時に生きている者でも、よく感じることではあるまいか。学校でのテストしかり、与えられた仕事しかり。
どうせやらねばならないなら、なんでこんな辛い目に遭わねばならないのかなどと考えながらやるより、いっそのこと将来のためだとかか知識の習得のためだとか家族のためだとかかっこいいとか、なんでもよい思い定めて前向きに事に当たったほうが幸せではないか。つまり、うまくマインドをコントロールすべきではないのか。自分で出来ない人は、周囲の人がコントロールしてやるべきではないのか。   (続く・・・)


 

                     人気ブログランキングへ
スポンサーサイト

テーマ : 思うこと - ジャンル : 学問・文化・芸術

マインドコントロールの効用 1

マインドコントロールというといかにも悪い印象のある言葉だが、われわれはいつも地域や時代の習慣、そして家庭や知人によって、コントロールされているものだ。
いやそれはちょっと言い過ぎではないか、習慣は自然だが、マインドコントロールは強制的なものだ、という意見もあるであろう。
それはなるほどとも思われるが、よく考えてみれば自然といい強制いい本質的に同じである。ただより多くの人がより長い間コントロールされていれば、より自然であり、より少数の人がより短期間でコントロールされれば強制的に見えるだけだ。

それで、例えば考えてみよう。戦時中は国民全員を戦争に駆り立てなければならない。もし、参加したい人だけ参加せよ、したくない人はしなくていい、なんて指導者が言っていたら負けるに決まっている。というよりその指導者は非良心的だ。戦争すると決まった以上、勝つために挙国一致が必要だ。その時もし小生が首相であれば、国のために一時的に国民を騙しても、とにかく国民全員を参戦へとマインドコントロールする必要を感じるであろう。
今は平和時であるから、国民それぞれが自由な発想をし、何処で発言してもいい。しかし、それが本当にその人自身が自分の経験から熟慮して自由に発想しているかどうかは疑問である。世の風潮に左右されていないと誰が保証しえよう。
そんなことを言えば、どんな偉い人でも他の誰かに影響されているではないか、と言う反論も予想される。なるほど、小林秀雄はボードレールの影響を受けた。内村鑑三はキリストの影響を受けた。彼らは師匠と同じようなことを言っている。しかし、その影響の受け方はただでは済まされるようなものではなかった。いわば徹底的に受けたのである。一時的に完全に洗脳されたのである。そこが凡人とは違う。むしろ普通の人は、何者にもそこまで影響されることはない。騙されまいぞ騙されまいぞと身構えている。気がついたら思わぬ方向からの風潮に騙されている。そしてそのことにすら気がつかない。       (続く・・・)


                                 
   人気ブログランキングへ

テーマ : 哲学/倫理学 - ジャンル : 学問・文化・芸術

『遥』石垣さだ子歌集選その四

昭和19年前後、南方の戦地にいる夫を思う気持ち。
そして病的なまで激しやすい母との確執の日々。

子の親をしたふは常と思へども母の日頃に親しみかねつ

我が生活わびしけれども桔梗咲く夏にふたたび事なく逢へり

わびし時浮びて来るはあかつきに夢に見し夫の安けき笑まひ

虫の音の静けき庭に鳴く夜は我すすり泣き聞く思ひする

夫征けり妹も嫁ぎて我れ一人こぞ去日の想ひに秋を暮さむ

戦のはげしき日日を生産にたづさはりたき思ひつのりぬ

一日一日はげしさ加ふ生活なれど美しく生きむ我れ若き日を

夫よりの便り久しくとだえればせめて夢にも逢はむと願ふ


 〈永井氏戦死す〉・・永井氏はさだ子の夫の妹の夫

モルッカの海を血潮に染めながら君は逝きしと聞けば悲しき


たよはなる女なりせど亡き夫の願に生きませとひたに祈るも


一筋に遺児を育み生くと云ふ女の旅路のけはしさを思ふ


一機一機火の玉となり仇艦を打ち沈めたる若き男子等


春の夜に火鉢をかこみ語らへば世は事もなき心地こそすれ


汚れたるもの皆うせて一色の銀の朝に便待たるる


未だ馴れぬ勤なりけりと笑ひつつ語れる友も留守居妻なり


我一人の試練にあらずいくばくの友も同じと思ふ夕暮れ


鶯の今一声を聞かましと思ひし朝警報鳴れり


       
                                               人気ブログランキングへ

テーマ : 詩・和歌(短歌・俳句・川柳)など - ジャンル : 学問・文化・芸術

新政権に期待?

昨日たまたまテレビのニュースを見ていた。NHKだったと思う。
記者が一般人に、新政権に何を期待していますか?と質問する。
人は答える、「もっと暮らしを楽にしてもらいたい」「医療費負担を少なくして欲しい」「子育て支援を・・」
・・・・「・・・・して欲しい」ばかりである。
見ていて、これは誘導尋問だと感じた。要するに、答える人は、普段特別不満なく過していても、このようにインタビューされると、何か不満をのべねばならないような気分になるのか、今までの政治はちょっとねー・・・もっと生活がよくなればー・・など、つまりもっとお金持ちになりたいということを様々な形で述べる。じつに、問う人も問う人、答える人も答える人だ。共同謀議とはこのことなり。
小生は思った、もし小生にも質問がきたら、「日常生活には何の不満もない。日ごとの仕事と趣味の楽しみで手一杯。不満を言ってる暇はない。政権がどうであろうと関係ないね。」と答えてやりたい気持ちがむらむらと沸き起こった。まあ、しかし、こんな返答では、「マスコミの望む庶民の声」ではないとしてカットされるんだろうな。
やっぱり低劣な共同謀議だ。
つまらん。
やっぱりテレビ見なければよかった。

 

人気ブログランキングへ                      
                          

テーマ : 政治・経済・社会問題なんでも - ジャンル : 政治・経済

市ヶ谷駅からの眺め

先日上京したときの話。市ヶ谷駅で電車を待ちながら釣堀などを見ていて、ふと思った。中央線沿いのこの池は昔江戸城の外堀だったんだろう。今は無用の長物か・・・いや一部釣堀に利用されているし、他にも何かに利用されているかもしれない。少なくとも池として多少目に快い。

昔は、外的から城を守るために大いに役立ったのではあるまいか。徳川家康の防備は念には念を入れて、国内秩序を維持するためには、ほぼ完璧だった。街道、関所、城の配置、参勤交代、儒教精神による言挙げの制限、厳格な取り締まり。

いまや議会制民主主義国家。みんな平等。万民が選挙によって議員を選ぶ。インターネットで言いたい放題。お堀も無用の長物。

それで、世界の国どうしもそうなれば、防備も要らなくなるんだろうな。全世界の国々が平等の権利を持ち世界議会で様々な政策を決める。しかし、暴力主義者や麻原氏のようなキ人が必ず存在するから国際警察は絶対に必要だが。

ところで、今の国連はどうであろう。それは第二次大戦後の戦勝国5カ国が他の190何カ国を支配する不平等条約機構ではないか。この不平等に対して190何カ国はどうして言挙げしないの。

でも、人は言うかもしれない、ミャンマーやソマリヤや北朝鮮のような国(失礼)とわが国と同じ一票なんてイアだわ、って。
・・・人間なんてみな勝手なことをいうものだな・・・




人気ブログランキングへ                                                      

テーマ : 文明・文化&思想 - ジャンル : 学問・文化・芸術

『ドン・カルロ』を聴く

ミラノ・スカラ座公演『ドン・カルロ』を観た。
このオペラを一度観てみたいと思っていた。噂にたがわぬヴェルディの傑作だと思った。
男女の、王と教皇の、王と臣下の、友の、宗教上の対立が絡み合って展開する。この複雑な諸関係を見事に処理しているベルディの才能天晴れなり。小生はふと三島由紀夫の『鹿鳴館』を連想した。
それにしても、このオペラを流れる暗い、沈鬱なトーン。一貫して流れる王の憂鬱。
それはハプスブルグ・スペインの衰退を、キリスト教文明の必然の展開を暗示しているのかな。

開演前の日中、上野をぶらぶら、寛永寺と徳川慶喜の墓参り、そして博物館をゆっくり回った。
慶喜さんは将軍になってから何を考えて生きていたのだろう。幕末、西欧列強の脅迫に立ち向かう術もないまま、革命の準備をしなければならなかった時の将軍の気持ちは?ここには諦念があるかもしれないが、憂鬱はない。革命前ってそんなものか。

博物館。今回はガンダーラの仏さんたちの顔はみなとても優しかった、また「バコウハン」の緑青色が常よりも淡く透明であった。




                                           人気ブログランキングへ

テーマ : クラシック - ジャンル : 音楽

『遥』石垣さだ子歌集選その三

 
大東亜戦争も次第に激しさを増しているもよう。南方の戦地にある夫はいかに・・国に残る妻の思いが続きます。
 
諦めと云ふは安けどなまなかに諦めかねる心悲しも

いつたび五度も戦果上りぬプーゲンビル敵反攻の苛烈さ思ほゆ

高鳴れる我若き命大いなる試練と戦はむ力の限り

戦のいよよはげしき折し征く学徒にかかる願ひの大き

はかなかきは夢てふものと知ながらなほ夢見むと願ふは悲し

家路急ぐ車内に又も警報のひびき渡れば落ち着きかねつ

戦のきびしさひしと迫り来ぬ文読みをへ衣縫をれど

芍薬の赤き小さき芽にも見ゆ春の恵は溢れるごとく

白桜のとどきし朝春の香のただよひてひとひ一日心ゆたけし

鶯の春の調べを唄ふ声寝睡めの床にきける嬉しさ

〈昭和十九年 妹たづ子結婚す 三首〉

嫁ぎ行く妹を送りて佇めば紅のバラほころぶ見える

語らひつ衣を縫ひし日を思ふいま幾山河へだたる妹と

嫁ぎたる妹の文読みつつをれば春の息吹にふるる思ひす

靴音に耳をすませり昨日今日夫帰るてふ知らせありければ

何時の日も待てど帰らぬ夫なるに今日も一日を待ちて昏れけり

夕焼の山を包めば角帽の君の帰れる心地こそすれ

幾度も寝返りすれど寝ね難し空襲警報解除となれど

子を思ふ親猫の声淋しげに夜のちまたにひびき来りぬ


                                         人気ブログランキングへ

テーマ : 詩・和歌(短歌・俳句・川柳)など - ジャンル : 学問・文化・芸術

泉鏡花『高野聖』を読む

これを読んだのは何年ぶりかな。おそらく二十年振りくらいだろうか。詳しいことはまったくと言ってよいほど忘れていたが、あの一種独特の雰囲気だけは残っていて、高野聖という名を思い浮かべる毎に、自分のうちにあの暗い雰囲気は、月が照る夜に渓流のそばに居る女に収斂していくのであって、いつかまた、もう一度これを味わいたいと思っていた。それで、読み返した。読み進むうちに、なるほどこんなことがあったな、と遠いおぼろげな過去を思い出しながら読んだ。
 この作品は、不気味なもの、恐ろしいものの正体をもっと知りたいと、読者に感じさせるよう、初めから工夫されている。読者は坊さんと初めに知り合いになる。その坊さんの体験した不思議な話である。
坊さんが、危険な山道をーそれがどうして危険であるかを、読者は色々想像するようになっている、―薬売りを呼び戻そうと義侠心を起して、一人で上っていく。そこには坊さんの苦手な蛇が横たわっていたり、昼なお暗き森を通過するときに蛭の大群に襲われたりして、ほうほうの態で峠を越えると、人里はなれた一軒の家がある。
時は夕暮れ、ここで一休みさせてもらおうと頼む。ここには、まだ若くて歩行が出来ない出臍の白痴とやや峠を過ぎたと思しき歳の妖艶な美しい気性のはっきりした女とが住んでいる。もうそれだけで、十分不気味な状況のなかに読者は入ってしまう。
そこには・・・・・〈あらすじなど書かないほうがいいであろう。読んだ人には退屈、読んでない人には興ざめ〉
 鏡花の文体は、抑制が効いていて、おせっかいでないため、かえって読む者の想像力や情動を高め、読後に強い夢のような印象をあたえる。そうして人はこのような恐怖を欲していることを、それとなく知る。

                                人気ブログランキングへ

テーマ : 読書 - ジャンル : 小説・文学

プロフィール

うたのすけ

Author:うたのすけ
世の中の人は何とも岩清水
澄み濁るをば神ぞ知るらん

最新記事
カテゴリ
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
FC2カウンター
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。