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われわれの内なる大衆

先日の新聞に書かれていたこと。四年まえ郵政民営化で小泉自民党が大勝した。今度は民営化見直しを訴える鳩山民主党が大勝した。つまり国民が選んだのである。しかし選んだ国民は四年まえも今回も本当に郵政事業についてじっさい不満を抱いていたのか。改革が早急に必要であると考えたのか。決してそんなことはない。選挙のためのプロパガンダに動かされていたにすぎないのではなか、と。

 同感だ。大衆というものは決して自分でものを考えない。いや、その時は考えていた、と言うかもしれないが、そもそもその時の選挙時にマスコミの提供するものによるにわか勉強でそう難しいことを考えることなど出来ようか。ただマスコミの与える二者択一に気分的に動いていただけではないか。少なくとも自分の日々生きている生活感情にしたがって考えていたわけではない。

 大衆とは、つまりわれわれの中にある大衆性とはそのようなものである。そして、民主主義の限界はわれわれの限界なのである。それを考えると、あるいは優れた専制政治や寡頭政治のほうがいいと思う人もいるであろう。じっさい遠くは古代ギリシャの時代、プラトンは民主主義の危うさを訴えていた。人間は百年経とうとも千年経とうとも変わらないものだ。

 それでも、われわれ人間がこのようなものである以上、そのことを嘆いていてもしようがないし、後の世において過去の判断は間違っていたと思ったとはいえ、その時はそれをよしとしたのだから、いつまでも反省してもしようがない。それに、今の判断も時代が変わればどう評価されるか分かったものではない。
 それで小生は、われわれ人間は決して賢い生き物ではないと、いつも謙虚な姿勢でいようと思う。また過去にやっとことを、あまりに軽々に否定断罪するようなことはしないでこうと思う。

 このたびの小泉選挙や鳩山選挙についてのわれわれ大衆の動きを省みれば、七十年前大東亜戦争に国民が嵌りこんでいったことを笑えまい。あの時はわれわれ大衆がそう望んだのだ。冷静な分析は必要かもしれないが、過去の時代の組織や個人を断罪すべきではない。われわれは今も同じことをやっているからである。



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テーマ : =世相もろもろ= - ジャンル : 政治・経済

宇佐神宮由来

宇佐神宮は三殿の御殿があって、向かって左から第一、第二、第三とそれぞれ、応神天皇、比売大神、神功皇后が御祭神である。
宇佐の地にはもともと御許山(おもとやま)の磐座(いわくら)信仰があったらしい。・・・・そして何時ごろからか(神代に)比売大神(ひめおおかみ)が天降(あも)られた場所という伝承が生まれたらしい。

宇佐神宮のパンフレットには、欽明天皇の御世、西暦571年に八幡様すなわち応神天皇の御神霊が宇佐の地に御示現された、とある。

早くから大陸文化がこの地に流入し、仏教信仰が盛んであって、ここ宇佐神宮は神仏習合の発祥の地といわれている。或いは聖武天皇が大仏建立の発願と宇佐八幡宮への協力依頼から。

ともあれ、聖武天皇の御代に宇佐神宮はクローズアップされる。
藤原氏の陰謀による長屋王一族の虐殺、ついで南からやってきた天然痘の流行による藤原四兄弟の突然の死、大宰府における藤原広嗣の乱とそれに続く聖武天皇の5年におよぶ不可解な彷徨とその間の大仏造立の発願。このとき宇佐八幡宮と聖武天皇との強固な結びつきが生じる。

聖武天皇の一時代前は、天智・天武の時代で、このとき以来、日本は百済勢vs新羅勢の権力闘争の場となっており、天皇の権威はすでに利用されていたのではないのか?聖武天皇の不思議な動きは、そのことと関係があるような気がしてならない。


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テーマ : 歴史 - ジャンル : 学問・文化・芸術

宇佐神宮紀行 3

あくる日は電車で別府から宇佐まで行った。車窓から見る別府湾はかなり湾曲している。
所要時間はたった20分くらい。宇佐神宮方面行きのバスは35分くらい待たねばならない。ちょっと迷ったが、春のような風に誘われて歩いた。車の往来は多かったが、なんとも気持ちがよかった。たしか昨日この辺を車で通ったな・・・
途中、和気清麻呂の船繋ぎ石というのがあった。あの道鏡事件の清麻呂がなんで船?・・彼は馬で来たのではなかったのかな・・と漠然と考えながら、せっかくだから寄ってみた。どーってことない石ではあるが、あの時の石だと思うと大事であるという気がしてくる。
船つなぎ石

長閑な景色が続く。川には釣り人が一人糸をたれている。何が獲れるのと訊いてみると、「はぜ」と答える。川面は光り、川べりにはコスモスがモネの絵のように色の点々をなしている。遠くの方に長者の立派な家が見える。向こうの方に見えるのが御許山(おもとやま)という山なのかな・・
宇佐への道川

行く手には円錐形の小山が見える、この辺りではよく目立つ山だが、何という山か、地元の人に訊いておけばよかった。・・・神宮まで一時間以上かかった。
>宇佐への道山

能が始まる前、神官たちが本殿の方に向かって祝詞をあげ、あれ御幣っていうのかしらん、先に白いねじねじの紙のついた棒を振って、能楽殿と観客を清めた。そして、神様も観るのだろうか、降りてきてくださいと、祭主がウオーという異様な叫びを二度ほど発した。これぞ、原始の叫びだと感じた。未だ言葉と歌とが分かれぬ以前の遠い祖先たちの呪術の叫びだ。これは思わぬものを聞けた。

演目は神歌と仕舞二番、狂言と能「羽衣」だ。神歌から始まるのは当然として、この季節になんで「羽衣」?って思った。が、今日のこの春のような雰囲気の空気だからむしろ相応しいかも・・・
神歌が始まった。しかし、シテを謡った老人は酷かった。普段ぜんぜん練習してないんじゃないかなぁ、最後まで続くだろうかと心配したほどだった。それにしても、こんなレベルが最後まで続くのだろうかという不安が胸をよぎった。
しかし、その不安は直ぐ飛び去った。やはり圧巻は「羽衣」だった。シテもワキも囃し方も気合が入っていた。とくに大鼓のお兄さんはしっかりハマッテいた。小生は一音一音にうんうん頷いた。冠を着けたシテの美しさは今まで見た羽衣の中では最高だと思った。とくに、つつっと舞台の前面に進んだとき、折から傾いてきた日の光に照らされた白い面と衣の美しさは忘れえぬものであった。
そして思った、やはり能は野外舞台で演じられるべきであると。ふだん室内の人工的な光の中で演じられる能はいわば博物館の展示品のようだ。それとは違って、神域の野外舞台では杉木立の緑、それが放つ清い空気の流れ、自然の推移する光が舞台の奥行きに沿って微妙なグラデーションを生み出す。そのような空間での演者の動きもより広がりが大きくなる。
しかし、こんなことがありうるのであろうか。なぜなら能という高度に抽象的な舞台芸術が自然の中で演じられるほうが効果的だとは。久しぶりに観た小生の心の恣意的な感想に過ぎないのであろうか。
・・・・
宇佐能楽殿

それはともあれ、しかし野外の演能では観客は物見遊山的にざわつきやすくなる。

帰りに、どうしても欲しかった蓮池の蓮の種を取った
宇佐神宮池
もう時期遅れで駄目かと思ってもいたのだが、まだ種が残っているのもあった。棒でそっと茎を引き寄せ取る。少々欲張って取りすぎた。欲しい人があったら譲ってあげよう、一個百円で(笑)。来春はこの種から芽が出、再来年には家で花が咲けば、宇佐との繋がりができ何と嬉しいことだろう・・・と一人ほくそ笑む。しかし、黙って取ったらドロボーである。それで、宝物館を見てまわり、出口で受付の人に池から種を取ったと一応言った。そしたら、種ならここにありますよ、欲しければ上げますと、カウンターの上の缶に種が沢山あるのを見せてくれた。なーんだ、初めからここで種ちょうだいと言えばよかったのか・・・宇佐蓮種

さて、次回の宇佐参拝は来年2月13日の鎮疫祭のときと決めた。

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テーマ : 能楽 - ジャンル : 学問・文化・芸術

宇佐神宮紀行 2


その日は例によってお参りだけにした。

宇佐本殿


前回も不思議に思ったのだが、なんでここでは4拍手するの? 4拍手するのは、他には出雲大社があるが、そのほかの神社にもあるのだろうか。
『逆説の日本史』で有名な井沢元彦氏は、出雲大社はオオクニヌシの怨霊を恐れた大和政権がつくった牢獄だ、そして4拍手は死を意味するとかなんとか書いていたが、・・・ここ宇佐はそれに類することはあるのだろうか、小生の歴史知識ではなんとも想像が付かない・・・。
しかし、ここに祀られている応神・神功は新羅征伐で名高いし、あの話はちょっとミステリアスだ。しかも宮司に聞いたところによると、この辺りは新羅系がうようよだとか・・・。まあいずれゆっくり考えよう。

さて、この日はレンタカーで次に県立歴史博物館に行って、それから時間がゆるせばこのあたりをいろいろと回って、別府に泊る予定だ。どこかいい温泉がないものかと思っていた。
神殿前でカメラを構えた一人の婦人がいた、なかなかの美形だ。一人でここに来ているとは、小生と共通する感覚の持ち主だと思い、声をかけた。そして、色々話すうちに、婦人が教えてくれたことには、別府の温泉なら「カンナワ」か「ミョウバン」が好いと。・・・変な名前だ。そんなところに行けるのかどうかまったく自信がなかったが、せっかくだから手帳に書き留めた。

博物館でえらく時間を潰したので、謡曲「清経」に縁の柳ヶ浦の海を見に行ったのみで、別府に向かった。
柳ヶ浦海


インターを降りて少し行ったところで「明礬」という字のある看板を見たので、そちらの方へ向かい、道なりに行くと、なんだか鄙びた変な路地に入ってしまった。・・・家はあるが誰もいない。・・たまたま人が居た。そこは狭い三叉路だったが、車を止めて訊いてみた。その人は手足の不自由な(脳梗塞でもやったのかな)おじさんだった。「この辺で温泉に入れるところある?」と訊いてみた。すると、「ここだよ」と言って、目の前の小さな古家を指した。えっ?こんなとこ?と小生は唖然とした。
明礬温泉
おじさんは「ここは只で入れるよ。私も今入りにきたところだ。ここは一番人気の温泉だ。今日はたまたま空いている。ここに車を止めれるよ。あなたは幸運だ」というようなことを言った。
小生は信じられなかった。そうだとすると、全く知らない土地なのに、迷うことなく、まるでここを目指してやって来たようなことになる・・・。思えば、あの婦人といいこのおじさんといい、偶然声をかけたにしては出来すぎだ、これぞ宇佐の神の采配か・・・。
早速、そのおじさんについて湯に入る。中に二人居た。その一人となんだかいっぱい話をした。

別府港近くでレンタカーを返し、ホテルに着いて突然、この4月から転勤で大分市あたりに住んでいるはずのN君のことを思い出し連絡してみたら通じた!そして久々に夕食を共にした。
なんともラッキーな日であった。
さあ、明くる日は能楽だ。




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テーマ : 神社仏閣 - ジャンル : 学問・文化・芸術

宇佐神宮紀行 1

半年くらい前初めて宇佐神宮を訪れ、ただちに魅せられてしまった。
何度も来たいという思いがしていた。今回は20.21日に風除報賽祭と能楽とが催されるとのことでやってきた。
背後に控える山々の形は奇妙に様々で北九州らしい。
大きな二の鳥居をくぐって広々とした表参道をゆっくり歩き、手水舎を過ぎて、鬱蒼とした森に入る。上り道を歩くこと数分で、三の鳥居そして江戸風のけばけばしい西門。そこをくぐると、ぱっと視界が広がり本殿の甍を横に見る。
この広前は丘の頂上なのか、とにかく明るく、青白い空の光と、光を受けた石畳と神殿前勅使門の朱が直線的なコントラストをなし、二三のイチイか楠木の葉がそれを緩和している。
聞こえるものは時おりの鳥の声ばかりで、しんとしている。
この静寂は、妙な例えだが、ギリシャ的な永遠を思わせる。
  宇佐勅使門


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金木犀の香りに想う

道を歩いていると金木犀の香りがそこはかとなく漂ってくるこのごろ。
 そこで一首 (下手の横好き)

  秋空にあまきかをりの漂ひて天つ乙女の降りきたるらん

目下『万葉集』を少しずつ読んでいるんですが、秋の植物については、萩が多いですね。もちろん秋と言っても今より一ヶ月くらい早い時をいいますが。巻十の秋の雑歌の中の花を詠んだ歌三十四首中三十二首が萩ですね。その一つ、

 秋風は日に異に吹きぬ高円の野辺の秋萩散らまく惜しも

 判りやすくて素直で無理がない、心と言葉とが一体でいいですねぇ。
 それにしても『万葉集』は、西暦四五〇年代(?)の雄略天皇の御製から、最後はおそらく西暦七五九年の大伴家持の歌まで、約三百年間の様々な人たち、すなわち天皇から官僚、軍人、百姓、主婦、乞食、遊女、さらには罪人ら、あらゆる人たちの歌四千首以上からなる大歌集ですね。
わが国のもっとも大切な宝です。
われわれ日本人の感性の原点、こんこんと湧き出る尽きせぬ泉という感じがします。ここには信仰と反逆、青春と老境、希望と諦念が、そしてそれらの中にすでに〈みやび〉の馥郁たる香りが漂い始めているのを感じずにはおれません。
 本当に「うましくにぞ あきつしま やまとのくには」ですね。



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テーマ : 詩・和歌(短歌・俳句・川柳)など - ジャンル : 学問・文化・芸術

マインドコントロールの効用 4

また、死ぬ恐怖について思うに、まず死ぬときはじっさい苦痛はそんなにない。大抵はあっという間だ。それまでが恐怖である。
そしてその恐怖は想像にある。幅一メートルの畦道はよそ見していても歩けるのに、幅一メートルのつり橋を歩くのは怖くてひるむ。
百トンの石が吊り下げられている下に居ると思うことは恐怖をともなう。しかし、じっさいそれが落ちてきて押しつぶされても、痛みなど感じないであろうことは解る。
特攻兵士が敵艦に突っ込んだときも痛くはないであろう。いや、うまく死ねればいいが、半死にならば苦痛だろうと言うかもしれない。たしかに、うまく死ねないと困る。痛いときは痛いのだが、痛みは限度を超えれば気を失う。しかし、痛みは恐怖とは違う。痛みが続くのではないかと思うことが、そう思う今が恐怖なのである。病院で診察される子供が注射器を見ると泣きだす。そのとき子供は痛みなど感じていない、しかし恐怖を感じている。
要するに自分が苦痛に苛まされることをあれこれ想像することにおいて恐怖を感じる。だから、できるだけそういうことを想像しないよう心がけたいと思う。じっさい誰でも何か思い切ってやろうとするときは、伴うかもしれない苦しみの想像を出来うる限り自分の心から排除するよう自分をコントロールするではないか。

 さて、いかなる人間の思い込みをも排して、平等に「命が一番大切かどうか」を、もし天の神様に訊いたとしたら、神様は何と答えてくれるであろうか? 正直、小生には判らない。
ただ、なんとなく思うのは、この肉体としての命がとにかくなくては話にならぬ、まず生きるために命が一番と考えるのが女性的原理(女性は子供を生む)とすれば、肉体的な命より大事なものがあるという想いから逃れられないのが男性的原理であろう。人間世界には常にこの二つの原理があって、時により所により、どちらかの原理が優勢になる。 
 ( 続く・・・ )




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テーマ : 思うこと - ジャンル : 学問・文化・芸術

ムハンマドの魅力

ムハンマドという男は、じつに怪傑ハリマオのように行動的で、信念をもち、優しさと潔さと適度な優柔不断ももちあわせていた。
小生は彼の生涯を知って、現世的な男の魅力に圧倒される。戦い、駆け引き、女、を子供のような純粋さで突き進む。これぞリアリストの極致と感じる。

アラビアの不毛の砂漠で育った彼は諸部族を平定する。人間においける道徳というものが閉じられた集団の秩序を維持する最高の道具であるとすれば、あの時代あの地域に、彼の道徳的訴えはあまりにも適したものであったのだろう。

コーランを読んだものはだれでも、その砂漠の空気のように透明で乾いた表現に驚くであろう。なんという非神秘性。なんという偶像崇拝からの遠さ。それというのも、超越神、というよりも隔絶しているアラーがいるからなんだろうが、それは直接考えられるものではない。人は考えられないものについては語ってはいけない。
そして、あの天国・・・こんこんと湧き出る泉、美味な果物、深い眼差しの女達、決して老いることのない肉体と永遠に続く逸楽の日々。
ああ・・イスラム教に改宗したい!

それにひきかえ、キリスト教は天国については何も語らない。何があるのかないのか、ぜんぜん。ただ天国。しかし、この何かさっぱりわからないものに惹かれるのが人間の不思議。しかも、駱駝が針の穴を通るよりも難しいと言われると、絶対に不可能だと判っていても、なおいっそう惹かれるというか、少なくとも気になってしまうのが人間の不思議。




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テーマ : 宗教・信仰 - ジャンル : 学問・文化・芸術

仮名手本忠臣蔵を観る

歌舞伎「仮名手本忠臣蔵」を観た。(大きく分けて前半)

何時ごろからか歌舞伎の観客もクールになって、せっかく役者が見えをきっても、「成駒屋!」だの「松嶋屋!」だの掛け声を掛けなくなったな。拍手はするけど。みんな恥ずかしいのかな。ってことで、小生はいつもここぞというところで声を掛けてやる。

ところで、これを観ながら浮かんできた二つのこと。

一つは、やはり幕府の秩序維持コントラ庶民の感情。この演劇があの赤穂浪士討ち入り事件後40年以上経っていたとはいえ、また背景を南北朝の時代設定にし登場人物の名前も変えていたとはいえ、誰が観ても赤穂事件だと判る、にもかかわらず幕府は上演を許可していたということそのことがすでに文化というものの何たるかを表しているのかな・・・ともあれ、

法を曲げてはいけない(徂徠)も尤もだし、四十七士は主君への忠義をよくぞ守ったというのも尤もだし、将軍綱吉は四十七士の処分を即決できなかった。そこで寛永寺の何とか親王にお伺いをたてにゆく。義士らの行為に共感していた親王ではあったが、曰く「四十七士は切腹にすべきでしょう。そうすれば忠義の物語として世の鏡となって残る。もし生かしておいて、後に一人でも汚濁にまみれるようなことをしたら、光が消える、残念である」などと。それで綱吉は決断したという。
この親王の解決はじつに深慮である。美学的解決である。われわれ人間が生きている所在を、それによって生きている世界を明らかにしている。ここにロマン主義の面白さがある。三島由紀夫の切腹に通じる解決だ。

もう一つ浮かんできたことは。
忠臣蔵は、平たく言ってしまえば、親分同士の喧嘩を子分が復讐した事件に過ぎない。浅野内匠頭が、かっとして刀を抜いた。そのとき自分を失っていた。激情の波にさらわれたのだ。ところで、かっとして前後を忘れるようなことをしたことは、誰でも一度や二度はあるだろう。このとき、自分とは何か?波に飲まれたというよりも、強い感情そのものが自分ではないのか。翻って普段経験している自分とは何なのか。そのような実体があるのか?じっさいは、知覚や記憶といったあれこれの映像(形や色彩)、音、臭い、が去来しているだけではないのか?快いあるいは苦い様々な感情が流れているだけではないのか?一定不変の自己などとは、実体のない記号に過ぎないのではないのかな?・・これは実にフュームの懐疑したところだ。このいわば自己解体に対して、やきになって一つの解決を与えたのがカントだったか・・。西洋にはなんでこんな自己とか神とか時間とかなどという問題に一生を費やすほどの哲学者が大勢いたのか。この真っ直ぐに、そして執拗に問う姿勢は、ほんとうに凄いな。まねできないね。




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テーマ : 観劇 - ジャンル : 学問・文化・芸術

『遥』石垣さだ子歌集選 その五

いよいよ終戦です。
敗戦の悲しみ。当時の作者の気持ちになってみようとする・・・絶望とまではいかなくとも、なんとも言葉に表せない重いうっとおしい気持ち・・・胸を貫く大きな打撃であったのでしょう。
しかしまた夫の帰還への期待に胸が膨らみます。

 〈昭和二十年八月十五日〉

一億のこころをもちて戦ひしに和平の大詔つひに下りぬ

悲しきは夏の夕べよ敗戦てふ二つの文字の常に浮かびて

わが家の残り少なき柿の葉に時雨降りつつ昏れにけるらし

穢れたる言の葉も聞かずわが生活心正しく豊かなれと願ふ

帰ります夫の笑顔の思ほへて厠仕事のいとも楽しき

見るにつけ聞くにつけても思ふかな変り果てたる世の姿をば



間もなく米軍による日本占領が始まります。昭和20年9月から昭和27年4月末の6年半で、これはドンパチやっていた戦闘期間よりずっと長い
この6年半に及ぶ占領統治期間にいったい何が起こっていたのか。日本人はこの重大なことを知らなければいけません。おそらくいまだに学校ではろくに教えていないと思われる。それこそ占領統治がいまだに日本人の心理に作用している証拠ではなかろうか。

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中秋の名月に想う

毎年この季節の満月のやわらかい神秘な光のなかにいると思い起こされることがある。
それは自分が生まれる以前、父と母もこの月の光に照らされて手を取り合っていたであろう姿。
それから、もっとずっと以前、古代エジプト王朝の王子がこの月の光の中に亡き許嫁を想っている様子。

昨夜の駄句を・・・ 
 月影に父母の面影あらはるる
 澄む月の光を慕ふすすきかな
 名月に虫も鳴く音をひそめをり
 世を照らす月に仏の示現する

そこで思い出されるのが、あの芭蕉の「月影や四門四宗も只一つ」なんですが、これは圧倒的に深みがありますね。なんでこんなに素直な5・7・5でかくも人性の深きに到達することができるのか不思議ですね。
この句に比べると、小生の駄句はじつに薄っぺら、百倍も素人であることが一目瞭然ですね。

ついでに小生の一番好きな俳句を(やはり芭蕉の有名な句)

「夏草やつはものどもが夢のあと」

・・ひとは夢を抱いて一生懸命生きる。世界という己の頭にある舞台の上で活躍したり悩んだりしている。しかし歴史というわれわれを遥かに超えた巨人の歩みの前では人間の営為とはなんであろうか。そしてまた歴史も自然の前では一片の夢に過ぎないとしたら・・・だが、われわれは生きねばならない・・・

いかな歴史哲学者もこの句の深みに到達していようか小生は知らない。
あの百万言を費やしたト翁の「戦争と平和」もこの一句の高みに収斂されていくように思われる。もちろんそれに至るプロセスの面白さは西欧のものだ。

それにしても、理屈ではない文芸というもののもつ力は不思議だ。
キリスト教のように宗教というものを行為だとするとどうしてもイエスのごときパラドックスな表現になるが、 その一歩手前に踏みとどまると歌の道になるように思う。     



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マインドコントロールの効用 3

平和時といえば、小生には思い当たることがある。それは、小学校の時だったか、何かの授業で、先生が「命は地球よりも重い」とおっしゃっていたことだ。そして、教科書だったかパンフレットだったか思い出せないが、絵が描いてあって、それは天秤の両端に地球と人と乗せてあって、もちろん人の方が下になっていて「命は地球よりも重い」と書いてあった。つまり、われわれはあの時代、何よりも命が大事であると教育=マインドコントロールされたのだった。 
しかし、それは理想であって現実には実践されていない。本当に何よりも命が大事なら、今すぐ自動車を廃止しなければならない。日本では車による事故死が一年何千人とある。しかし、ドライヴの快適さ、運搬の便利さの前では人の命など軽い。 

 だが「命が一番大事」というコントロールがかなり実践されているところがある。それは病院と老人福祉施設だ。ここでは、いかなる心身の苦しみをもっていようとも、殺されることはない。出来うる限り生かされる。小生が見た老人福祉施設では、多くの人が多かれ少なかれボケをきたし、そのため諍い、いじめなどが頻発し、身体の自由も利かず、あちこちの痛みに昼夜を問わず苛まされ、身の回りのことが出来ず、むりやりオムツをはかされ、それこそ味噌も糞も一緒、阿鼻叫喚の巷と化している・・・・それでも、「命が一番」と生きながらえるよう介護される。

 こういう状況を見ていると小生はどうして命が一番かよくわからない。過ぎ去ってみれば、人生はあっという間ではないのか。十年長く生きたってそれが何だろう、と思うことがよくある。

 もう一度、特攻兵士のことを思う。あんな若い人達をむざむざ殺したのはけしからん、と言う人の気持ちも判らんでもない。彼らはまだこれからいろいろな経験をできるはずであったのに。しかし、翻って思うに、彼らこそ、貴重な稀有な経験が出来たのである。祖国のためにわが身を捧げるのは、たとえ戦争が誤解から生じ、また敵兵を殺すことになろうとも、非常に尊い行為だと感じる。それは、千万言の人命尊重や世界平和よりも、ずっと積極的な愛に道を通じていると感じる。
 (続く・・・)
 
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うたのすけ

Author:うたのすけ
世の中の人は何とも岩清水
澄み濁るをば神ぞ知るらん

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