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『紫式部日記』2


 宮中では連絡はもっぱら手紙だけれど、これが途中でしばしば盗みとられる。『枕草子』でも他人の手紙を盗み読みする場面があったし、ここでも披露されています。それをなんと紫式部が読んで、その内容にたいして怒りがこみ上げてきて、批判をするのですが、それがじつに面白いですね。

 〈賀茂の斉院にお仕えしている中将の君が他所に出した手紙を、ある人がうまいこと手に入れて見せてくれたのだけれどね。こんなこと書いてあるよ。

 豊かな情趣と分別という点で斉院に仕える女房たちこそ最高である、斉院さまはそういう女房を見分ける目をお持ちだ云々、とね。中将の君は世の中を馬鹿にしてるわ。そんなこと言うのなら、斉院方はそれほどの和歌を出してみなさいと言いたくなるわ。

 そりゃ、斉院は、ここ宮中のように大勢の人々がいる訳ではないし、人の出入りも少なく、仕事も少なく静かで、ちょっと浮世離れしていて、心行くまで花鳥風月を愛でたり、風流事を語り合ったりする余裕があるでしょうねぇ。われわれだって、もし斉院にお仕えするとしたら、自然と優雅な振る舞いも出来るでしょうに。

 ここ中宮方では、いま派閥争いはなく、おおむねゆったりしているし、何と言っても中宮さまはあまりあだっぽい心はお好きでないので、いっそうみな人前にでるような態度は取りません。もちろんまれにはそうでもないオキャンがいまして、そういう人に男たちが気安く「中宮方の女房は引っ込み思案だ、お高くとまっている」などと言うのです。これは、欠点でもあるけれど、まあ誰でも良いところがあれば悪いところがあるという程度だと思うけど。

 まあ正直言えば、たしかに彰子中宮さまは、あまりに内気でいらっしゃる。出過ぎたことを言って失敗はしないかと心配されるあまり、気がおつきになっても黙っていようとなさる傾向があります。そして女房たちもそのお気持ちに添うあまり、全体が地味な気風になってしまったのです。

 しかし、今は中宮さまも成長されて、世の中の本当の姿や、人の心の善し悪しや、行き過ぎも不足も、お解りになっておられる。殿上人らのお気持ちも御承知でいらっしゃる。それで地味な気風を改めたいと御思いであるが、ここの若公達もすでにここの気風に順応してしまっているので、なかなか改まらないのね。この宮中という散文的な所では、日常の言葉を情趣的に聞いたり語ったり、あるいは人と気のきいた応答をさらりと出来る人が少なくなったと、殿上人らは言ってるそうですね。私はよく知らないけれど。〉

 遠まわしであっても自身の所属する中宮サロンを批判していますね。ここから紫式部の思想が積極的に出て来ます。

 〈殿上人がお立ち寄りになって、彼らに対してちょっとした返事をしようとするときに相手の気分を害するような態度はいけませんね。なかなか上手に応対できていないらしいですね。殿上人が、気がきく女房はめったにいないとおっしゃているようじゃありませんか。どうして憎たらしいほど引っこみ思案なのがよいのでしょうか。また逆に、どうして締りがなくあちこちとでしゃばるのがよいのでしょうか。その時々の状況に応じて上手く心を用いることがじつに難しいのですね。〉

 この心の用い方は、『源氏物語』のなかで〈やまとだましひ〉と呼んでいるものです。これは、理論の規定のもとに、あるいは感情のままに動くのではなく、さらに言わせてもらえば善悪にも捉われることなく、その時々に応じてそれらを利用しえる才ということになるのだろうと思います。




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テーマ : 日本文化 - ジャンル : 学問・文化・芸術

山本五十六

 いつまでも微熱が続く。たいてい午後になるとだるくなり何となく体の節々が痛む。熱を測ると37度半ばくらい。これが治るまで待っていては見逃してしまうかもと思い、意を決して映画「山本五十六」を観にいった。

 この映画の主人公はもちろん山本五十六であるが、一人の新聞記者の心を通して、開戦にいたる経緯、そして戦争および終戦時の国内世論を描写しているところが新しい点であったのかな。

 それにしても、この頃はCGというのか、大掛かりなセットを作らずとも、広大な戦闘場面をかなりな臨場感をもって映し出されるようになったものだ。

 ともあれ開戦に至るところはよくわかって、高校の現代日本史の授業で見せればいいのにと思われた。昭和18年山本五十六の乗る飛行機が南方で撃墜されそれで終わりとなるかと思っていたら、その後に尾びれが付いていて、敗戦そして戦後の一部を新聞記者が見る所で終わる。

 戦前・戦中にそれいけとばかり対米戦を後押ししていた編集長らしい人が、戦後ただちに〈民主主義〉という語を大きく掲げていこう!と豹変するところなど、マスメディアの体質を物語って面白かったが、せっかくそこまで描いたのなら、どうしてGHQの検閲に触れなかったのだろうと不思議であった。

 日本は戦争に負けたというよりも戦後に負けたと小生は強く感じている。あの時点から7年近くに及ぶGHQのラジオ、新聞、あらゆる出版物の徹底的な検閲および歪曲的公表に触れないで、戦後を語ることが出来ようか。

 『坂の上の雲』まではよかったが、その後の軍が悪かったなどとの言説がまことしやかにまかり通っているのも、いまだにGHQの影響大なることをものがたる。

 まあ、いつの時代も、マスメディアというものはそんなものだ。


 つい先日、NHK番組の連続番組「日本人とは何か」だったけ、その第一回目「福沢諭吉と中江兆民」というのがあった。それを見ていて、あれっ?と不思議に感じたことがあった。それは、外交に関するところで、両者の意見を披露するところ、兆民の「国際外交も個人の付き合いと同じ道徳をもってしなければならない」との主張を解説者が述べていたのに、福沢の個人道徳と外交との峻別についてはまったく触れられていなかったからだ。

 この福沢の大事な主張を対比的に提示しないのは大きな片手落ちだと思い、早速NHKにその理由を問い合わせてみた。答えて曰く「たしかにどこそこで福沢はそのように語っている。・・・ご意見ありがとうございました云々」答えになっていない。

 まあ、いつの世もマスメディアとはそんなもんだ。われわれはいつもそれによって動かされている。だからテレビや新聞なんぞ見ない方がよい、とは思いつつ、つい見てしまう。
ああ、また熱でてきそう。



 
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テーマ : 報道・マスコミ - ジャンル : 政治・経済

コスミックフロント

インフルエンザか何か知らないけれど、悪寒戦慄のアタックを受けていた数日間、隙をみては「コスミック・フロント」というテレビ番組を覗いてわくわくした。

 要するに現在の天体観測最前線の様子を扱った番組で、天文学者たちが宇宙の構造、越し方、行く末をどう考えているか。そのために彼らはどのような観測をしているのか、そして今後どのような観測装置を作ろうとしているのか。その様子をわれわれ素人にも分かりやすいように紹介しているのであった。

 デジタルテレビに映し出される望遠鏡の映像は本当に鮮明で美しく、銀河の渦巻きは貝殻の渦巻きを、銀河集団の分布は熱湯の泡の形を連想させる。その昔、月が地球を回る運動にはリンゴが地面に落ちる運動と同じ力が働いていると初めて直感した科学者たちのことを想う。

 それにしても、遠い星の正確な位置や運動を、その観測結果から調べると一言では言うけれど、これまた凄いことなんだなぁ。何十億光年の彼方から発せられる光や電波には、当然それが通過してくる気の遠くなるほどの間に、何らかの影響を及ぼすものが介在するはずである。その言わばノイズをどう処理するか、ノイズとノイズならざるものとをどのように区別するのか、話を聞いているだけでスリリングである。

 まぁそういった様々な処理を経て、われわれがテレビで見る美しい、分かりやすい画像が創られているのであり、それにはいろいろな分野の科学者と彼らを支えるコンピューターなどの機器の絶えざる革新がある。科学者が現在の疑問を解決すべき次に必要な機器、例えば南米チリの高原には何十台という巨大な赤外線望遠鏡を造りつつあり、ハワイ島のスバル望遠鏡には何十億画素のカメラを開発しつつあり、そういうことに当然莫大な費用がかかる。

 番組を解説する宇宙科学者は、宇宙の始まりや最も遠い星の観測なんてわれわれの現実生活に何の役にも立たないが、こういう番組を見てこういった科学に進もうという人が少しでも増え、その人たちの中には最終的には天文学などではなくもっと身近なすぐ役に立つ分野に進む人が居るでしょうから、一概に無駄ではないでしょうと語っていた。

 いやいや謙遜には及びませんよ。実生活には即何の役にも立たないことに情熱を燃やす人たちを見ているだけで面白い気持ちになるし、こういったことに各国の科学者が協力し合い、国が拠出するというということを考えると新たな感動を覚えますよ。
  



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テーマ : 自然科学 - ジャンル : 学問・文化・芸術

古い物好き

昔から小生はなぜか古いものに心ひかれ、手に取りたくなる傾向があります。

これはいつごろのものでしょうか?

わら敲き

よくわかりませんが、昭和初期以前のものだと勝手に思っています。わら叩き。けっこう重く、かなり使いこんだ感じがいい。

これはいつごろのもの?

南京皿


 これは毎朝使っているパン皿。いわゆる南京皿、17世紀の中国の雑器ですが、藍色がいい、絵もいい、そこに砂がどーと付いている。普通は裏に付くが、これは表にこぼした失敗作。しかしそれがすこぶる魅力的です。小生は「砂付き」と呼んでいます。何度も割ってしまって、見ての通りボンドで接いで使っています。家人は捨てよと言うが、なんで捨てられましょうか。


ではこれはいつ?

猿投壺



12世紀、源平の合戦のころのもの。愛知県の猿投(さなげ)あたりで作られたもの。窯の中の猛火がそのまま降り掛かった感じがいいでしょ。口がきれいに落とされているのは、おそらく骨壷(こつつぼ)として使用されたのじゃないかな。


これは?

ガンダーラ仏像


これはガンダーラ地方出土。2、3世紀、片岩。どうしてこの地域(パキスタンあたり)で仏像が作られ始めたのかー仏教信仰とギリシャ的視覚との出会い。

これは?ペンダントにしたけれど。

ローマンガラス


ローマンガラスの断片。地中海周辺のどこか。紀元前1世紀?「ブルータス、おまえもか!」の頃でしょうか。


一気に先史時代に飛びますよ。
琥珀


うんと古いモノになります。2500万年前。琥珀。虫が樹脂に閉じ込められて宝石になっている様子はなんと蠱惑的ではありませんか。小生は美輪明宏を連想します。


これは?
三葉虫


もう一ケタ飛びます。5億年前。アメリカ、ユタ州産の典型的な三葉虫。カンブリア紀は生物の進化上とても興味深い時代です。どうして生物に眼が生じたのか。―そこに光があったから。


これは?

隕石


これこそ極めつけです。こうなると古いと言うも愚かなり。45億年前? 太陽系生成のその時に・・・。 
19世紀中ごろにナミビアに多数落ちた隕石の一つ。隕鉄だから重いよ。



気の多い愚者のたはごとでした↓↓


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テーマ : コレクション - ジャンル : 趣味・実用

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うたのすけ

Author:うたのすけ
世の中の人は何とも岩清水
澄み濁るをば神ぞ知るらん

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