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時事漫才

@ 今年も終わりやな。

& 終わったな。それにしても、今年は夏が長くて突然冬になったような気がする。

@ そうやなぁ。ヘンな気候やった。日本だけやなく世界的にも異常気象やった。6月ごろやったか、東南アジアや東欧の豪雨。10月ごろのイギリス、オランダの暴風。

& あれはすごかったな。ロンドンでは街路樹が倒されとったな。風速100メートルとか。

@ ええ、ほんとか?

& とか言うとったで。でもまあ、異常気象ゆうても、このところずっと毎年、異常気象言われてるみたいな気もするぜ。

@ そうや、毎年異常気象や。

& へんやな。毎年異常なら、正常やないか。

@ そうやがな。正常や。異常が正常や。

& なんか、難しいなぁ。

@ 世の中どんどん変わってくでぇ。ボケーとしてたら置いてきぼりや。

& フィリピンの台風もすごかったなぁ。

@ うん、流された家もいっぱいいあった。親を亡くした子供の映像が忘れられんわ。可哀そうになぁ。

& フィリピン政府もどうしようもなかったみたいやで。

@ 世界から援助の手が差し伸べられた。日本もいち早く救助隊を出したみたいやな。

& 自衛隊と米軍が組んで、大規模な援助活動をしたんやけど、それに対して、中国は日本の海外派兵やと揶揄したちゅうやないか。

@ まあ、日米がフィリピンと仲よくなるのは、中国としては気に食わんことや。

& そやったら、中国もいち早く援助隊を出したらよかったちゃうの。

@ でもそれはできん。フィリピンが断るやろ。あんな、領土取りに来る国の援助受けたら、後でえらい目に逢うからな。

& そやかて、断っても怒るやろ。

@ 厄介な国や。ちょっとまえ防空識別圏というのを設定したやろ。

& うん。

@ きみ、知っとるか、防空識別圏というの。

& なんでも、この空を飛ぶ他国の飛行機は注意してくださいよー、ちゅうことみたい。そやから、そんなの設定したところで、べつにどーってことやないの?

@ でもなあ、尖閣を含んどるやで。他国の領空内に、飛行注意せよなんて、そんなこと言える権利があるか。

& ない。

@ ないやろ。だからどうすればいい。

& 無礼者と言ってやれ。

@ そうや、無礼者や。

& そういえば、つい先日、安倍さんが靖国参拝したやろ。そのときも、中国は、なんか言いがかりをつけてきたな。いつものことやけど。

@ うん。日経新聞は、日本製品の不買運動が起こるかもしれないで困った、と書いとった。

& 東京新聞は激しく抗議しとった。中国や韓国に悪いことしたとか、そういうこと書いとったな。

@ でもな、ぼくいつも不思議に思うことがあるんや。

& なんや。

@ 日本の大臣が靖国参拝することを悪いことや、と非難するのに、どうして中国なんかが、不買運動したり、日本の会社の建物を壊したりするのを悪いことと非難しないのかな、と思うのや。いったいこの新聞どこの国の味方しとるんやと思うことがよくあるな。

& それ、靖国にはA級戦犯が祀られているからやろ。

@ 君、A級戦犯て何か、知ってるのか。

& 70年経ったいまだに戦犯と言われとるからや。

@ どう関係あるンや。

& 70年経っても言われとるということは、今後もずーっと言われるやろ。

@ そうや。

& そうやから、永久戦犯や。

@ あほか。A級戦犯はABCのAと書くんや。

& そんなこと知っとるわ。

@ それはどう言う意味や、ときいているのや。

& A級はA級に決まっとるやがな。

@ そうや、ではB級とどうちがう?

& Aのが、上や。

@ まあ、いいわ。でも、それ誰が決めた。

& 裁判官やろ。

@ どんな裁判官や。

& アメリカ人ら敵国の奴らだらけや。だから、日本人の誰かを戦争犯罪人にせんならんかった。

@ お、君わかっとるやんか。それなら、彼らは人身御供やないか。

& そうや。可哀そうに。

@ だから日本人の気持ちとして彼らだけを戦争に導いた罪人とは感じられへんやろ。

& 当たり前や。向こうがけしかけた戦争や。でないとしても、喧嘩はどちらにも原因があるはずや。

@ そうそう。それでも、勝った方が、戦後の秩序をつくるんや。嘘八百ならべて、負けた方の指導者を悪者にすることになっとる。

& うーん、困ったこっちゃ。

@ でもな、考えみな。もしも日本が勝っとったら、どうなる。

& 逆に、マッカーサーが甲級戦犯で処刑される。

@ なんや、甲級戦犯て。

& 君知らんのか。当時Abcは敵性語やから、甲乙丙や。

@ あっ、そうか。君、賢いな。

& それぐらいは分かる。そして今ごろ世界中に日本語学校がぎょーさん出来とる。それにしても、勝者が歴史をつくるというのに抵抗をおぼえるな。

@ でも国際政治とはそんなもんや。それで、ぼくは安倍さんの靖国参拝を評価してるんや。

& どうしてや。

@ おそらく安倍さんは、あれで周りの国が騒ぐやろ、騒いでなんか言う、それを捕まえて、なんとか対話にもっていこうとしているんやと思う。

& ほんまかいな。

@ そうでもせんと、隣の二カ国はどうしても対話しようとせーへんからなぁ。「日本は誤った歴史認識をしている」これ一辺倒で、対話することから逃げとるからな。

& でも、アメリカも安倍さんの参拝を非難しとるぜ。

@ そりゃ、中東の方で忙しいやろからアジアの安定を求めておるからな。でもなぁ、多少の不安定があったほうが、戦闘機なんかがよく売れてええと考えているかもなぁ。

& そうやなぁ、とにかく国益第一やからな。アメリカは賢いなぁ。

@ そうや。

& さすが世界中から優秀な頭脳があつまっとるだけのことはある。

@ ハーバード大学では、先生と学生とが〈正義〉についての討論をしているんやて。

& ほう、たいしたもんやなぁ。

@ そんなすごい学生らが、政府の要人になるんや。

& そうか。それはアメリカが強くなるはずや。

@ でもな、どんなに賢い人でも、ミスすることもあるやろ。とくに、物事がいちばん上手くいった時に、ふとミスをする。

& 慢心相違と言うからなぁ。

@ なんやそれ。

& 思いあがると間違うぞっ、てことや。

@ あったかな、そんなん。

& ある。また、成功は失敗の元ちゅう諺もあるしな。

@ なんか変やなぁ。・・・まあ、いけけど。とにかく、安倍さんの靖国参拝に対するアメリカの非難はこうや。

& なんや。君にそんなこと分かるんか。

@ 誰でも知っとるよ。アメリカが恐れているのは、歴史認識の議論が深まると、どうしても東京裁判の再吟味に行きつくことや。アメさんはこれをなんとしても避けたいのや。君でもそれくらい分かるやろ。中国も韓国も自分らの言い分の間違いを指摘されたら困るやろ。英仏もそうや。

& そうか。日本は孤独な戦いを強いられているんやなぁ。泣けてくるわ。

@ 泣けるやろ。

& それなら、悔しいけれど、やっぱり、日本だけが悪者になり続けて、直謝りに謝る演技をし続けて、今の国際秩序に順応していく方が得策ではないの。後ろ向いて、あっかんべって舌出しといたらいいんやないの。

@ うーん、君はそう思うか。そうかもしれんなぁ。それなら、しかし日本はいっぱい金積まんならんぜ。いろんな面で。国連にも。

& あんな国連にわれわれの税金を吸い取られていると思うと、しゃくや。でもなあ、これ以上いじめられたり戦争したりするよりいいわ。

@ 国連なんて、あの勝ち組の五カ国が残りの190何カ国を支配するシステムやぜ。

& そうそう、あの五カ国は、今の体制をぜったい壊したくないと思てるやろ。

@ 日本は常任理事国入りの為に必死に金積んだり裏工作したりしとるようだが、絶対に阻止する国があるから、まあ無理やな。

& いっそ、残りの190何カ国が、こんな不平等、非民主的な国連なんて脱退するよ、と言えば、おもろいのにな。

@ そうやけど、五カ国が許さんやろな。

& なんか、とてつもないことでも起こらんやろか。巨大隕石が地球にぶつかって来るとか、宇宙人が攻めてくるとか。

@ 隕石が君の家に落ちてきたら、君真っ先に死ぬぜ。

& うちの家に落ちたらいかんわ。

@ そうやなぁ、来年は何か面白いことでも起こらんかなぁ。そうや、正月休みに、餅でも食べながら、面白いことをいろいろ空想して楽しも。

& そうしましょ。どうにもならん世の中でも、空想はどんだけでもできるし、タダでできる。
  

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テーマ : 政治・経済・時事問題 - ジャンル : 政治・経済

冬カマキリ

 例年の如く、寒くなったので、鉢植え植物の棚にビニールをかけてやった。ふと見ると、カマキリがアシナガバチをむしゃむしゃ食べている。


冬カマキリ1



カメラに収めようと近づくと、じろっとこちらを見る。

冬カマキリ2


 ひと月の命を延ぶるたうろうの
   眼光するどく輝きにけり



 食べられている蜂は、なんとか逃げようともがいているが、とても敵わない。生きたまま顔のあたりから食べられている。この蜂は今年最後に残った働き蜂だろうか、それとも女王蜂だろうか。せっかく作った巣もこれで終わり、あとは廃墟となりにけり。

蟷螂も何とか生きねばならない。背後から死が迫りつつあることを知ってか知らないでか、懸命に喰らっている。

 この蟷螂と目が合って、しばらくじっと見つめ合った。と、この蟷螂はこんな歌を口ずさんでいたー

 冬はとても心地よい
 澄んだ空気の中
 人は家の中を温かくする。

 雪が降れば、
 雪は毛布となって
 地面を被い
 土の中は簡素な棺のよう
 すべての命が浪費することなく
 ゆっくりゆっくり育まれる

 心地よい冬の日よ
 しばらくは色とりどりの花や蝶
 三途河原で夢見よう

 冷たい川水に
 新しい神々が現れて
 世界は新たに動き始める
 新しい秩序
 未知の色や音

 ずっと忘れていた純潔な感動
 夢の中で自分が世界の運動の
 一部となったような
 多少の不安と大きな期待で
 天に上ってゆく

 自分がー死ぬ?
 それは
 恩寵でなくてなんであろう

 それは、しかし一刹那
 ある冬の暖かい日
 光に照らされた
 御寺の白い石畳に
 一片の雲影が過ぎる

 その時ふたたび蘇えるものと
 二度と還らぬものが分枝する
 pivotal point

 もし蘇ったものが
 ただそれだけならば、
 蘇生は迷妄にすぎない、
 蘇るものは
 還らぬものに関してのみ
 存在しえる。

 もしあらゆるものが
永遠に流れゆくものとすれば、
それもまた迷妄、
常に去りゆくものは
再生しうるものに対してのみ
意味をもつ。

winter solstice
 死と再生の秘儀

 縄文人たちが朝焼けの美しさに
 見惚れて、
つい何をするかも忘れて、
佇んでしまった瞬間



 数日後支柱に卵が生みつけられていました。そして、あのカマキリはどこを探してもみつかりませんでした。

 冬カマキリ3
 



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テーマ : 詩・和歌(短歌・俳句・川柳)など - ジャンル : 学問・文化・芸術

貞明皇后御歌30

御所の炎上後、大宮さま(貞明皇后)は御文庫と称する四畳半くらいのじめじめした防空壕で、三か月ほどお過ごしになった。もちろん、そこには大正天皇の御影さまが懸けられており、朝夕の礼拝を怠られなかった。『貞明皇后』(主婦の友社)によると、御所炎上の報を聞いて駆けつけた高松宮妃に、大宮さまは、防空壕の中に泰然自若として、「これで国民といっしょになった」と、さぞ御満足のように仰せられた。高松宮妃は、その一言に、御慰めする言葉を失われて、深く感動された、とある。

さもあらん。このじつにさばさばとしたところが貞明皇后の圧倒的な魅力である。家具や調度品や文書もあったであろう、持ち出さずに焼失したものは多かったであろう。しかし未練を口にする女官たちをよそに、大宮さまはいっさいの未練がましいことを口にすることはなかったという。

 1945年(昭和20年)8月20日 大宮さま(貞明皇后)は軽井沢へ御疎開になった。とはいえ、もう戦争は終わり、疎開の意味もなくなったのであるが、以前から計画されており、また折も折、大宮さまにしばらく東京を離れてくつろいでいただきたいとの両陛下の切望に従うしかなかった。

 軽井沢の地で、ふと見かけた珍しい植物〈かたしろ草〉を、東京で大変な思いをされている天皇にお贈りした。天皇は大変のよろこびになって、吹上御苑の一隅にお植えになり、詠まれた御製。

 いでましし浅間の山のふもとより
   母のたまひしこの草木はも


 池のへのかたしろぐさを見るごとに
   母の心の思ひいでらる


 大宮さまは12月に軽井沢から沼津御用邸へ移られた。そのほとんどは空襲で破壊されていたが、幼少時に田舎にお育ちになった貞明皇后は、ほんとうに田舎の生活がお好きで、勤労奉仕に来た女学生や土地の人たちと一緒に、モンペ姿でときには大はしゃぎして畑仕事に精を出された。大宮さまのあまりの気さくで明るい人柄にみな感心した。後年に至ってますます形式に拘泥せず、純朴を愛され、まごころ、童心をご発揮になり、話し相手が、ぞんざいな言葉遣いをしても、まったく意に介するところがお有りにならなかった。

    春水 紀元節
 わらはらや引き落としけむいささ川
   田芹うかべて流れゆくみゆ
       
      わらはらや=子供たちであろうか

    丘若菜
 いそいそとわか菜つむべくのぼるかな
   丘の木の間に富士を見ながら


    翁
 数を多みう孫の名すらおぼえずと
   かたる翁の幸をこそおもへ


 ここで獲れたサツマイモは、先ず御影さまにお供えし、両陛下をはじめ御親族の人たちにお領けになった。そして、一年後に東京に帰られても、このサツマイモを御所内の畑で育てられたそうである。大宮さま崩御の後の昭和天皇御製。

    母宮を思ふ
 母宮のめでてみましし薯(いも)畑
   ことしの夏はいかにかあるらむ


 あつき日にこもりてふとも母宮の
   そのの畑をおもひうかべつ


 昭和21年の暮、焼跡に再建された大宮御所に戻られた。

     春月寒
 照る月の光もしろし風さえて
   かすむともなき春の夜空に


     神苑橋 明治節
 ねぎごとは母にまかせてうなゐらの
   わたりてあそぶ神ぞののはし

      うなゐ=幼い子供

 「これでいいのです」と呟いておられる様子が目に浮かぶ。

 この年(昭和22年)10月のことである。筧素彦氏によると、ふと食堂でラジオが鳴っている、誰が聴いているのだろうと覗くと、なんと大宮さま。「まあいいから一緒に聴いておいで」と仰ったので、耳を傾けると、それは漫才だった。と次にニュースが流れた。それは、直宮以外の宮様方が臣籍降下なさるというものだった。筧氏がはっと息をのんで大宮さまのお顔を伺うと、平然として聴いておられる。
 筧氏が「まことに恐れ入ったことで…」と申し上げると、大宮さまが仰るには、眉ひとつお動かしにならず「これでいいのです。明治維新この方、政策的に宮さまは少し良すぎました」。このあまりにもあっさりとしたお言葉に筧氏はたいそう驚いたそうである。

 じつは昨年(昭和21年5月)に、加藤次官が大宮さまに、GHQの圧力による皇室問題に関して、宮様方の臣籍降下問題を、お訊ねになったのだった。その時、大宮さまは、「宮様方が納得するまでゆっくり時間をかけてください。自分は御一新のこと、何も心配要りません」とお答えになったそうだ。

 おそらく大宮さまは、皇室が永続するその本質的理由は、質素、まごころ、率直、そういう心持にあるのであって、明治以来、対外的には必要だったかもしれないが、あまりにも物質的に豊かでありすぎたのは間違っていたのでは、と考えておられた。他国の王や皇帝ではない、天皇である。天津日継である。

 この度の東北の被災地への両陛下の御慰問の映像を拝見して思った、もし貞明皇后があれを見られたとしたら、これでよしと首肯されたであろう。あの被災者たちと同じ床に膝をおつきになって、被災者の言葉に耳を傾けられ、心底からお言葉をお掛けになっている姿こそ、わが皇室の本質である、と。

     昭和23年 巌上松
 根を幹を何によりてかやしなへる
   しみ栄えたる岩のうへ松

      しみ=繁く

     昭和26年 朝空 御会始
 このねぬる朝けのそらに光あり
   のぼる日かげはまだみえねども


 この年の五月、大宮さまは狭心症の発作にて崩御。六月八日「貞明皇后」の追号を贈られる。


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兼好法師和歌2

兼好は、30歳あるいは34歳のとき出家をした。1312年(応長2年)のことである。「林瑞枝によれば、後二条帝の崩御により再度、宮廷奉仕の望みが断たれた」からという。(大野芳著『吉田兼好とは誰だったのか』)

そうかもしれないが、いまは出家の動機を穿鑿することはしないで、『兼好法師家集』を紐解いてみよう。

世中おもひあくがるるころ、山里に稲刈るをみて

よの中の秋田刈るまでなりぬれば
   露もわが身もおきどころなし


世の中を離れようという思いが湧き上がっている頃の歌、世の中に厭きている私は露のようにじっと留まっていることはできないだろう。

 世をそむかんと思ひたちしころ、秋の夕暮に

 そむきてはいかなるかたにながめまし
     秋のゆふべも憂き世にぞうき


 趣深いはずの秋の夕べも、この憂き世においては辛いだけだが、出家遁世したらどのように感じられるだろう。

 本意にもあらで年月へぬることを

 うきながらあればすぎゆく世中を
   経がたきものとなに思ひけむ


 つらいけれどもまあなんとか過ぎて行く人生を、なんでとても辛いと思っていたのだろう。

 さだめがたく思ひ乱るることのおほきを

 あらましも昨日に今日はかはるかな
   思ひさだめぬ世にしすまへば


 昨日の感慨は今日は変わってしまう、どうも決心がつかないものだ。

 身をかくすうき世のほかはなけれども
   のがれしものは心なりけり


 身を隠したといったところで結局この世にいることになるのだけれど、心はこの世にはないのだ。

 いかにしてなぐさむ物ぞ世の中を
   そむかで過ぐす人に問はばや


 この世をそむかずに生きている人に訊いてみたい、どのようにして気を紛らわして生きているのかと。

これらの歌から知られるであろう。あるとき兼好を襲った危機、それは西行を襲ったのと同じものであった。どうして人は安穏としてこの世に生きておれるのか。

西行はこう歌った。

 空になる心は春の霞にて
   世にあらじなとも思ひたつかな


 世の中をそむきはてぬといひおかん
   思ひ知るべき人はなくとも


 捨てたれど隠れて済まぬ人になれば
   なほ世にあるに似たるなりけり


 何ごとにとまる心のありければ
   更にしもまた世のいとほしき


 うき世をばあらればあるにまかせつつ
   心よいたくものな思ひそ


 西行が天性の反骨詩人であれば、兼好は教養ある哲学者のように見える。二人は同じ詩魂をもっていて、それが彼らをしてこの世に生きることを難しくしている

だが兼好の場合、その反動として徹底的にリアリストとして生きることを勧める。おそらくこのときすでに30歳を過ぎた兼好は『徒然草』に着手していた。彼のリアリズムはたとえば、

その物につきて、その物を費しそこなふ物、数を知らずあり。身に虱、家に鼠、国に賊、小人に財、君子に仁義、僧に法。(97段)

 兼好最後の歌―

 かへりこぬ別れをさてもなげくかな
   西にとかつは祈るものから


 死別となるとやはり歎いてしまう、西方浄土へ行けるように祈ってはいても。


  

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Author:うたのすけ
世の中の人は何とも岩清水
澄み濁るをば神ぞ知るらん

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