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シンクロニシティ?

 一昨日、朝食中寒そうな冬空を眺めながら、昔こういった空に何か関わりのある面白い話でもなかったかなぁと考えて、冬空とか冬雲とか霙とか風花とかいろいろな季語を思い浮かべていた。そして、「冬の日の幻想」という言葉に行き着いた。これはチャイコフスキーの交響曲第1番だったな、どんなメロディだったか思い起こせない。ままよ。「冬の日の幻想」って言葉だけでよい、これはきっとロシアの民話で不気味な話にちがいない、なんて勝手に思い込んで、そのまま忘れてしまった。

 朝食後、車で出勤。いつもの如くFMラジオをつける。しばらくして、アナウンサーが言う「次はチャイコフスキー作曲交響曲第1番・・・」。そして音楽が始まった。な、なんと、これはこれは。こんなことは久しぶりだった。意味のある偶然の一致、シンクロニシティじゃないか。

 たぶんこの偶然の出来事にとくに意味はないのであろうし、こういうことは誰にでも一度や二度くらいあるにちがいない。例えば、ある数字を考えていたら、前を走る車のナンバーがその数字であったとか、ある人のことを考えていたら、その日にその人と遇ったあるいはその人から電話がきたとか。

 小生はある時そういうことが(とは言ってもごく些細なことではあるのだが)よく起こったのであるが、思い返せば、偶然の一致について考えているときに何故かよく起こるのである。そして、その理由として二つのことを考えた。

 一つは、偶然の一致を考えているときは物事への注意が(意識的にも無意識的にも)鋭敏になっており、ふだん起こっている一致に気付きやすくなる、というものだ。この場合、偶然の一致の頻度はいつもと変わらない。

 もう一つは、偶然の一致の頻度は、そのことを考えることによって、増加してくるというものだ。

 もし後者が本当であればとても不思議だ。われわれの思いを強くすることによって、世の出来事が左右されることになるからだ。ふつうこんな風に考える人はめったにいないだろうと思われる。一時流行ったニューサイエンスはそのようなこと、つまり心と物理現象との関係を研究するものだった。今はどうなのか知らん。

 しかし、われわれには、理屈ではどうしてもありえないと思われることでも、こうあって欲しいという思いがとても根強く、お守りを持ったり、神社にお願いをしたりする。その行為で願いが実現するような気がする。しかしこのことは人間の心理的事実であって、別におかしくはない。

 ニューサイエンス風に進化を考えると、例えば、提灯アンコウが提灯を持つようになたのは、とても泳ぎのにぶいある種の魚族が、疑似餌を持ちたいとみんなで強く希ったからだ。また、擬態できる昆虫族はそういう能力を激しく希ったからそのように進化してきたとか。

 昔『アウトサイダー』で一躍有名になった作家のコリン・ウイルソンは、たしか人間は意識的な修行によってでもvision(天才的眼力)を引き出しうるような説をしきりに述べていたことを思い出す。きっと芸術家はそういう努力をしているんだろうな・・・



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