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大和魂とは?

 大和心とは何って訊かれたら、わが国の歴史に関心のある人なら、まず宣長の

 敷島のやまと心を人問はば朝日に匂ふ山桜花

という歌が浮かんでくるでしょう。小生もそうです。つまり、やまと心とは、桜を見て美しいと思う心だ、ということです。むりに色々な解釈を施すこともできましょうが、素直にこの歌の姿そのものを感じれば、花を見てああ美しいという感動そのものではないでしょうか。

 以前、靖国神社の遊就館に入ったら、他のいくつかの歌に混じって、しかし直ぐこの歌が目に飛び込んできました。そして何となく違和感を覚えた。そして、この感じは小生が近代史に暗いからであろうか、とも考えました。そして、その感じはそのまま小生の心の内に沈んでしまいましたが、大東亜戦争の話を読んだり聞いたりするときに、いつも浮かんでくるのです。

 戦争中、軍司令部は大和魂は敵の物質主義より高級だとかいうような、まったく非精神的な精神主義を振りかざし、兵士を鼓舞した。とくに、ミッドウェー海戦の敗北以後は、日本軍はだんだんと現実を直視した戦略を立てることよりも、かすかな希望が熱望となり、それがついに幻想を生むようになった。

 ガダルカナルの戦いにしろ、インパール作戦にしろ、敵兵は日本兵の銃剣をもって機関銃の前に身を晒す白兵攻撃に驚嘆している。どう見ても、日本兵は戦ってるのではなく死に急いでいる! 武士道とは自殺することなの?と思ったのではなかろうか。
 インパール作戦を固持し続けた、悪名高い牟田口中将は、幹部を集め訓示した、兵器や食料がなくても、腕や脚がなくても、戦え、日本男児には大和魂がある。日本は神の国であるではないかと。

 なぜ戦争になると、大和魂がこういう事になるのか、ずっと疑問だった。

 敷島、大和、朝日、山桜、といえば、誰もが特攻隊や戦艦の名称を連想する。どうしてか、日本人は救国の最終根拠を大和魂とする民族だとしか言いようがない。桜を見て美しい、というのと、敵陣に竹やりや爆弾を抱えて突っ込んでいくのと、どこでどう結びつくのか。
 
 三島由紀夫が、たぶん『文化防衛論』だったと思うが、日本文化とは茶道、華道、柔道、などのみならず、戦争の仕方まで含む日本人の行動様式のすべてが日本文化だというようなことを書いていたと記憶する。死に行く兵士の鉢巻に七生報国と書くのも、特攻隊に敷島隊とつけるのも、出撃前に皇居を遥拝したり、和歌を残すのも、日本文化には違いない。

 しかし一方、戦争は冷徹な理論であり、分析と行動であり、勝たねばならないものであり、たとえ負けても国家滅亡に陥る前に負けねばならないものである。

 ヒトラーだったか、ゲッペルスだったか、誰か忘れたが、芸術も政治であるという言葉に対して、政治も芸術だ、と言った。
 なんと不穏当な言葉であろう。なんと魂をとろかすような危険なロマン主義的言辞であろう。
 滅亡への憧れとしか言いようがない。

 戦後の日本は、〈あの日本〉であろうか。
 いったい国家とは何か。なんでもかんでも永く生き延びればいいのか。
 そして・・・美しいものの滅亡ほど陶酔させるものがあろうか。

 小生はもう分からない。


  

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コメント

No title

やっぱり日の丸を見ると、気持ちが変わるというのは、われわれがその習慣のなかで育っているということでしょうね。大和魂は、くまざえもんさんは愛国心なんですか。小生にとっては、広がる心って感じです。

薄っぺらですが

私は日の丸の旗を見た時に不思議な気持ちになります。穏やかな気持ちになるというよりは寧ろ緊張してしまう。普段はそんなに目にしない日の丸。正月や祝い事などに見るぐらい。でも一度その日の丸を目にすると背筋が伸び神聖な面持ちになります。

私が思う『大和魂』はやはり『日本を愛する心』。勉強不足な私のコトバはなんだか薄っぺら。

No title

スカイラインV35さん、今年もよろしくおねがいします。
貴兄のコメント嬉しく思います。なるほど吉田松陰ですね。松陰といえば水戸学ですね。水戸学のことよく知らないのですけれど、この辺りは、南朝正統論や朱子学と・・いろいろと想像が膨らんで、面白そうですが、それはそれとして。
たしかに松陰の歌の姿は、大和魂にふさわしいと感じます。

No title

遅まきながら、明けましておめでとうございます。

”大和魂”という文言は源氏物語が初出らしく、時代の変遷によって、使われる意味合いも変化しているようですね。ただ共通しているのは、外国と相対して「古来より伝わる我が国独自の”精神”、”心”、”魂”」といった概念と私は解釈しています。
確かに国学と大東亜戦争を結び付けるのは、いくら総力戦の時代でも違和感を感じずにはいられません。
大東亜戦争にあえて和歌を引用知るのであれば、
「かくすればかくなるものと知りながら やむにやまれぬ大和魂(吉田松陰) 」
ではないかと思います。

あの頃の日本と今の日本・・・
私も全くわかりません。

本年もよろしくお願い致します。

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