スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

マインドコントロールの効用 9

 われわれはマインドコントロールの下で生きているということの一つは、われわれは言葉の世界に生きているということである。しかしより正確には観念の世界に生きていると言うべきであろう。というのは、言葉はある観念への方向を指し示す道標のようなものにすぎないから。あの山は「あの山」という言葉と厳密に一対一に結びついているわけではない。「あの山」という語は、われわれが見るあるいは思うあの山という観念に向かっての矢印なのだ。そうして大事なことは、われわれ個人個人はまず観念の世界に住んでいるということだ。私が住んでいるところは私の心の中なのである。私とは心の中のもやもやした動きというか力なのだ。そうして言葉(文字や音響)が私に方向を与え、この豊富な世界へ導きいれてくれる。

 会話においては、私は私の文脈の流れの中にまず居る。他人の言葉を聞くたびに、つまり道標を与えられるたびに、私は観念の文脈(すなわち意味)を修正する。文脈の強い流れの中に居るので、同音異義語が出てきても適切な方を選んで了解しているし、多少聞き取りにくい言葉でも聞こえてくるし、方言や間違った発音でなされた言葉でも、われわれは意味において捉えるので、自然に修正している。
 例えば、いま机や椅子など家具の話をしているときに、相手が椅子というところを誤っていずと発音してしまっても、われわれはそれをいすと修正して聞いていて問題がない。誰も伊豆のことなど考えはしない。考えても一瞬のうちに修正して何ら問題がない。つまり、われわれは言葉から意味に向かうのではなく、意味(文脈の流れ)から言葉(道標)に向かうのだ。 読書や会話において、われわれは言葉(文字や音響)に向かってたえず疑義の問い合わせを発信している。言葉はいつも正しい応答をしてくれるとは限らない。要するに、このことで明らかになるのは、われわれが住んでいる世界(観念)とこの世界(文字とか音響とかの物質世界)とは異なるということ、そしてその関係やいかにということである。


    39
    人気ブログランキングへ 39
    にほんブログ村 哲学・思想ブログへ
にほんブログ村 39
関連記事
スポンサーサイト

テーマ : 哲学/倫理学 - ジャンル : 学問・文化・芸術

コメント

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー) URL

プロフィール

うたのすけ

Author:うたのすけ
世の中の人は何とも岩清水
澄み濁るをば神ぞ知るらん

最新記事
カテゴリ
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
FC2カウンター
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。