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モーツァルトファン

 19世紀初頭にはモーツァルトファンはずいぶん居たであろうと想像する。音楽家以外で有名人としては、まず三人が頭に浮かぶ。
 ホフマン、スタンダール、キルケゴールが、それぞれの天才の独断でもって、モーツァルトへの偏愛を述べている。

 E.T.Aホフマンは、人も知る怪奇小説で有名だが、法律家であり、作曲家でもあった。自分の名前を一部アマデウスに変えてしまうほどのモーツァルトファンであった。またベートーヴェンの交響曲の楽曲分析でも有名であり、彼の音楽批評は後にドイツロマン派の旗手たるシューマンを熱狂させた。

 このロマン主義者ホフマンは、ドンジョヴァンニの圧倒的な力の前のドンナ・アンナの運命に惹かれる。彼女にとってドンジョヴァンニは最高のものの贈り手であり、かつ父親殺しとして最大の憎しみの相手でもある。このような女性の実存的危機こそ彼にとって深い関心の対象なのだ。 

 『フィガロ』を好んだスタンダールは、いち早く「モーツァルトは甘美な憂愁の天才」と規定し、美しい音楽を聴くと悲しくなると率直に語る。彼は彼の傑作『パルムの僧院』の主人公の極端に素直なというか無垢な生き方に繋がるようなモーツァルト像をもっていた。
 彼は自分の墓石に愛した対象としてモーツァルトの名を刻まずにはおれなかった。
 
 キルケゴールのモーツァルト論は『ドンジョヴァンニ論』に絞られるが、その絞り方こそ彼の音楽についての一切を語る。のみならずまた彼の哲学に裏側から光を照らす。
 つまり、ドンジョヴァンニは感性的天才である。そして感性はキリスト教において排除される(否定される)ということによって初めて措定される。この感性を表すには音楽がもっとも相応しく、ドンジョヴァンニの決して立ち止まらない泡立つ力は、ついに音楽に解消してしまうと言って、例えば「タカログの歌」を絶賛する。

 もちろんこうなると、もうファンの域を超えて、天才の独創的な生き方と結びついて異様でさえある。


 
 
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テーマ : クラシック - ジャンル : 音楽

コメント

No title

くまざえもんさん。それは好い出会いをなさいましたね。19・20・21で決まりですね。

出会いの曲

モーツァルトは学生時代に学校の音楽鑑賞の時間に聴いたりしたぐらいで、なかなかしっかり向き合って聴いたことがありませんでしたが、数年前にある人に薦められ聴いたのが17番でした。ある意味17番がモーツァルトとの『出会い』の曲で、私にとって思い入れの深い特別な一曲ですね。19・20・21番も好きです。聴き終わったあとは必ず脈拍が上昇します。

No title

hironotesさん24番ですか。そうですね、いままでそう感じなかった曲もある時、ふと聴いて突然目覚めたり、違う演奏に接して好さに気がついたり、ってことはよくありますね。20番はどうですか。ぼくは17番が一番しばしば聴きたくなります。

No title

モーツァルト、あまりすきでなかったですが最近ピアノ協奏曲24番を聞いてとても気にいってます。先週アンドレプレビンがN饗とその曲協演していたのをTVで観てまたまた感動しました。

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