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マインドコントロールの効用 11

 結局われわれの住んでいる真の場所は意味の世界、観念の世界である。じつに初めから、あるいは生まれた時からそうである。しかし、われわれは意味や観念の素材を自分で創りだすことはできない。必ず経験から得る。経験するとはどういうことであろうか。
 ロックは、われわれの心は生まれた時は何に
も書かれていないホワイトボードであり、この世で生きる経験がそこに書き加えられていくというようなことを言ったが、社会学者としての観点で言うならそれでよかろう。しかし哲学者としてはずいぶん大雑把な言い方だ。われわれは受動的なホワイトボードではない。能動的な主体であり、個人的で独創的だ。〈経験〉と一言で言っても、じつは誰にでも共通の〈経験〉なるものはない。物理的・社会的に同じような状況にあっても、人により時により、異質な経験をしているのである。同じ経験とはいっても一回目と二回目とでは違う。

 人はみな他の生き物同様生命力だ。この世にある素材を食って成長している。そして生命力のそれぞれが生まれながらにして、独特の傾向を有している。それは脳を含めた身体、それを決定している遺伝子によるというが、そのメカニズムを今考える必要ない。とにかく人はそれぞれ生まれもった資質に応じて知覚し、感情をもち、行為する。すなわち経験をする。始めから共通のホワイトボードであることはない。むしろ能動的に取捨選択をするフィルターをもつ機械のようなものである。いや、そういった力そのもの、前進する力そのもののように感じる。植物が地中の様々な物質から己の成長に必要な成分だけを選択して吸収しているように、人はそれぞれの資質に従ってこの世にある素材から何かを得る。そうしてその取捨選択によって形作られたその個人の人格は、ちょうど一幅の絵画のような一つの作品と言えるのではないだろうか。しかし人はそこで日々新たな経験をしている。つまりたえず変容し続けている。そういう意味では止むことのない音楽のようなものと言ったほうがいいか。


 なるほど 
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