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連歌の始まり

 連歌の初出は『万葉集』巻八の1635の歌と言われる。
 「尼、頭句を作り、併せて大伴宿禰家持、尼に誂へられて、末句等を継ぎて和ふる歌一首
  
  佐保川の 水を堰き上げて植ゑし田を 尼作る   
  刈れる初飯は ひとりなるべし 家持継ぐ 」
 
 植えられた稲は尼の娘と思われる。おおかた沈鬱な歌を詠んだ家持にしては、なかなかウィッティな下の句ですね。

 しかし、もう少し古い歌で連歌があります。それは『古事記』の景行天皇の巻にある倭建命(ヤマトタケルノミコト)の東征からの帰り道に詠うところ、
 「即ちその国より越えて甲斐に出て、酒折宮に坐しましける時、歌ひたまはく、
   新治 筑波を過ぎて 幾夜か寝つる   とうたひたまひき。ここにその御火焼(みひたき)の老人、御歌に続きて歌ひて曰はく、
   日日並べて 夜には九夜 日には十日を  とうたひき。」

 (常陸の新治や筑波を過ぎてから、今までもう何日くらい経ったのであろうか・・・・・日に日を重ねて、夜は九日、日では十日経ちました)

 全く同じ歌が『日本書紀』の景行紀にもあります。しかし、これは四七七(五七七)の片歌が二つ並んで、旋頭歌となっていますが、この歌を室町時代の連歌師が連歌の始まりとみなしたことが、連歌を「筑波の道」と呼んだ由来となったそうです。


  

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