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万葉集巻13

 万葉全20巻のうち、巻13は長歌の数が一番多い。また短歌よりもやや多い、という点で際立っている。

 小生は長歌が好きで、声を出して読んでいて、なんとも気持ちがいい。五七調のリズムが小生を運んで行く。イメージの変化はメロディである。歌の意味はもちろんあるのだけれど、ある言葉の音響や意味の唐突な連想から次に続く言葉を持ってくることによって、一方で内容の切実さを増しあるいは軽減し、他方思わぬ方向を示唆し膨らみを持つ。この方法が万葉人に共有され、ある言い回しは頻用されて枕詞や序詞として固定化された。

 たとえば、誰でも知っている、青によし→奈良。神風の→伊勢。また、若草の→妻。玉の緒→継ぐ。大舟の→思ひ頼む。吉野→好し。松→待つ。杉→過ぎ。身を尽くし→水脈つくし。もののふの→八十氏(やそうぢ=文武百官)→宇治。玉かつま(かつまは籠)→蓋があふ→合ふ→逢ふ。こういった言葉遊びは数えきれないどころか、長歌においてはこの音韻と意味の連想ゲームのオンパレードであって、これが小生にはたまらない。この長歌の膨らみは、後にいっそう和漢の詩歌を取り込んで、遠く室町期の謡曲のうちに洗練されマニアックな展開をとげる。

 巻13においては、人麻呂を中心としたあの万葉の黄金時代の歌歌は人々に暗誦され、その言い回し、その固定されたイメージの模倣が目立つ。単なる模倣を主としたつまらないと感じる歌もあるが、概して面白いと小生は感じる。

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 うちはへて 思ひし小野は 遠からぬ その里人の 標結ふと 聞きてし日より 立てらくの たづきも知らに 居らくの 奥かも知らに にきびにし 我が家すらを 草枕 旅寝のごとく 思ふ空 苦しきものを 嘆く空 過ぐし得ぬものを 天雲の ゆくらゆくらに 葦垣の 思ひ乱れて 乱れ麻の 麻笥をなみと 我が恋ふる 千重の一重も 人知れず もとなや恋ひむ 息の緒にして

(大意)私が心を寄せていた小野(あの娘)は、その近くの奴が標を結った(手に入れた)と聞いた日から、立っていても座っていてもぼーっとして煩悶し、慣れ親しんだ我が家にいても漂泊の思い苦しく、ふらふらし、麻のごとく乱れた心を支えてくれる笥(入れ物)もなし、この気持ちの千分の一も解ってくれないあの人を恋死にそうだ・・・。


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テーマ : 詩・和歌(短歌・俳句・川柳)など - ジャンル : 学問・文化・芸術

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