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竜馬たち

歴史と力
 最近漫画本のおかげでけっこう歴史に関心のある若者が増えているときく。また今年のNHK大河ドラマが竜馬の話であって、土佐はもちろんのこと、竜馬に関係した土地はこぞってアピールして、竜馬ブームをかきたてているらしい。
 竜馬の人気の秘密は、なんといっても彼の性格の実に素直でいて、現実的な判断力と無私な行動力、そして若くして死んだ、ということではないだろか。

 明治維新で名を残した多くの人が活躍したのはまだ30歳前の若者であることに、誰もが驚く。あの時の歴史を多少でも知る者は、時代の動きが若者の行動力を必要としたように感じるであろう。誰それがどうしようとじっくり考えてどうなったというようなものではなく、いわば日本という生き物が危機に瀕して、救いの手を求めていたところに、一団の素直でまっすぐな若者たちが、それを知って飛んで行ったように見える。彼らは余計なことを考える暇もなく、あまりにもぴったり時代の要求に嵌り込んでいった。
 もし、彼らが、行動する前にもう少ししっかり日本や欧米の歴史を勉強しよう、なんて言っていたら、百年たっても維新は成し遂げられなかったに違いない。
 あの時の日本が必要としていたのは、行動であって知識ではない。基本的な知識はすでにあった。さらに何を事細かに知的探究をする必要があったろうか。
 
 政治の表舞台から徳川政権を除去したのがよかったのか悪かったのか。そんなことは誰にも判らない。というより、歴史にイフはない。なるようになっただけだ。じっさいこれしかない。しかし、じっさいこれしかないと言っても、なおわれわれはあの時のことを思い返し、ああだこうだと言いたくなる。そして当時の人たちの苦楽がいよいよ身に沁みて感じられる。それが人間と言う生き物なんだろう。
 
 己一個の人生を振り返っても同じ思いだ。あのときああすればよかったこうすればよかった、そしてまたああするよりほかになかった・・・。何度思い返しても、ますますどうしようもない自分が、逃げようもなくはっきりしてくる。

 己個人には意志というものを感じるが同時にどうしようもない性格というものをも感じる。共同体においては、政策を酋長が決めようが、民主的な手続きで決めようが、結局やはりその性格(無意識)が顔をだす。性格は人種的風土的に決定され、長い間に培われてきたもので、われわれの深いところに隠された力であろう。

 しかし、その力はあくまで無意識的であって、火事場のクソ力という言葉があるように、火急の時に今まで思ってもいなかった力が発揮されることがあるから、予めわれわれの性格はこうだからと決めてしまって、意識的に己を閉じ込めることはちょっとお角違いで、むしろ性格とはあくまで回顧的に感じられるものであるにすぎない。

 とっさの判断と行動を必要とする場面は、われわれ日常でも偶にある。そんなとき熟慮をしている暇はない。しかし、後で思い出すと、やったことが冷や汗ものであっても、思いのほか上手くやった、普段の自分ではなかなかできないのでは、と思うことがある。われわれにはきっと自分では気づかない潜在的な力が潜んでいるにちがいない。

 


    

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