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雄略天皇御製

以前漠然と思っていたんだけど、わが国の文学は、平安時代に入って〈みやび〉の自覚が顕れたのだと思っていた。すなわち伊勢物語にいわく「・・・みちのくの しのぶもぢずり たれゆえに みだれそめにし われならなくに という歌のこころばへなり 昔人は かくいちはやき みやびをなむしける」。
そして、これが、『源氏物語』のもののあはれになり、下っては『好色一代男』の粋につながる・・。

最近、万葉集をたらたら読んでいて知ったのだが、すでに〈みやび〉は明瞭な概念として使われている。巻頭そうそう雄略天皇の歌が出てくる 「籠よ み籠もち ふくしもよ みぶくしもち 菜摘ます児 ・・・」で始まるこの御製は、すでに天皇が女性に声をかけ、みやびを実践している。万葉集には、みやびという言葉(風流とか遊とか美也備とか書かれている・・)が、しばしば出てくる。この言葉のニュアンスの変遷と広がりが、わが国の精神を象徴しているように思う。
そしてまた、雄略天皇といえば、日本書紀においては、若くして従兄弟など皇位継承者を皆殺しにする〈荒魂〉の権化として描かれているが、古事記や万葉のこの御製においては、また違った面を表していて、面白い。


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