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住吉三神

 神功皇后はスミノエ三神の加護により新羅遠征を成功させる。そのさいの軍船の導きとして、その荒魂(あらみたま)を、守りとして和魂(にぎみたま)を礼拝したとある(『書紀』)。

 荒魂は攻撃的な霊力、和魂は守りの霊力という。おかげで新羅遠征はスムースに運び、皇后は、事前のお言葉通り、敵国への残虐行為などはせず新羅王を服従させ、朝貢させることに成功する。どういうわけか高麗、百済も、倭(日本)に適わぬとみて、朝貢することになったとも。帰るさ新羅国王の門に杖を立て、スミノエ三神の荒魂を祀った。

 帰国して、まず山口県の穴門(あなと)、今は下関市になっている地に荒魂を祭り、これが住吉(スミノエ)神社。以後瀬戸内海には多くの住吉社が創られたと聞いている。


 ところで、面白いのは、朝鮮最古の史書『三国史記』新羅本紀によると、ちょうどその頃(紀元四百年すこし前)、新羅軍が倭人(日本軍)を上手く攻略した話がもっぱら。『記紀』との記述と大いに違う。
また、今は中国領、当時高句麗であった広開土王碑文の記載は、百済と新羅は高句麗の属国であって朝貢させていたが、倭が横取りした(391年)・・・・新羅に満ち溢れていた倭軍を高句麗軍が徹底的にせん滅した。

 今と同じ。歴史認識の溝は深いというけれど、そこには偏狭な国家的欲望がついて回るから当たり前だね、一致の不可能は。

 また、朝鮮の『三国史記』は1145年に高麗王が撰したもので、これは中国や日本の資料などを集めて作ったもの。もともと、朝鮮には『記紀』より古く『百済紀』『新羅紀』『高句麗紀』などがあったらしいが、何せ朝鮮半島はしょっちゅう戦乱下にあって、残念ながらほとんどが消失してしまったらしい。今でもあそこは北と南で戦っているし・・・。



       
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テーマ : 歴史 - ジャンル : 学問・文化・芸術

コメント

歴史資料

菱海孫さん。そうですね。日本人も彼らのペースに巻き込まれないようにしなければ。

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そうですね

うたのすけさん こんにちは。

仰るとおり『三国史記』は後の世の記録で、それにひきかえ『日本書紀』には『百済紀』や『百済新撰』や『百済本記』などが参考として引いてあるのですから、朝鮮にとりましても我国の『日本書紀』や『古事記』は非常に貴重な資料ですね。とはいえ、彼らにとって歴史とは即ち政治ですから、そう簡単にはいかないのでしょうが。

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