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大正天皇3

ちょうど世紀の変わり目、1900年(明治33年)、20歳になられた嘉仁皇太子(大正天皇)は、九条節子(さだこ)と結婚し、公的な場に姿を見せるようになる。すなわち有栖川宮の方針によって、地方に巡啓に出るようになる。
このことが皇太子の心身ともに健康を快復させ、地方での皇太子のあまりに率直な性格が演ずる面白いエピソードが残ることになる。
例えば、狩場で一人道に迷い、そこらの人と(その人も皇太子と知らず)話をしたり、知事などに意表をつく質問をして慌てふためさせたり、人力車に乗っては車夫に予期せぬところに行けと命じたり、とにかくいろいろな人に何でも思いのままに質問したりして、恐縮させた。
こういう皇太子に対して、周囲は好感をいだいたらしい。
また、子供は四人の健康な男子をつくり、子煩悩で、家族と共に歌ったりと、いわゆる家庭的であった。ドクトル・ベルツもそういった皇太子に感激している。側室をおかなくなったのも、大正天皇からである。
ところが、有栖川宮は、自身の健康問題もあったのか、皇太子を過度に自由にさせ、次期天皇として必要な精神を忘れさせたのではあるまいかと反省し、輔導としての地位を降りることになる。・・・

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