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超越的唯一神補遺

 今年の長い暑さのためか庭の景色が例年とは違う。庭では百日紅と槿がまだ花盛りなのに金木犀が香る。今夜この「寒露」に!月下美人が咲いた。庭でメダカの観察をしていると、まだまだ蚊に刺される。

 ところで、前回の小生の言い方は、なんかおかしいな。ブレーキが利かず停止線を越えていった感じだ。まさに〈超越的〉。しかし、この〈間違い〉はさらに考えさせられて面白い。小生の言い方だと、キリスト教のエッセンスは、歴史を否定し、文化を否定し、キリスト教そのものをも否定することになりそうだ。

 文化としての宗教(われわれがふだん宗教について話すときはこれである)というレベルでは、純粋な一神教は、ユダヤ教とイスラム教だ。キリスト教は理解不可能な三位一体があり、またマリア信仰も旺盛だ。なんかむしろぼんやりと多神的だ。
 
 イスラム教はその点とても明瞭な一神教だ。『コーラン』には、唯一の神がある、それには名は不要である、アッラーと言っておこう。イエスもムハンマドも預言者、すなわち人間であるにすぎない。神の教えを守って生きれば天国に行ける。天国とは「こんこんと絶えず泉が湧き、緑なす樹樹は陰をなし、甘い果物は食べたい放題、若い美女たちがいっぱい、抱きたい放題、しかも老いることがない、永遠の青春を与えられる」

 こんなところに行けるなら、小生だって自爆テロなどなんのその。
 このあまりにも具体的な天国は、しかし、昔ながらの生物としての人間のこの世的な欲望の投影だ。この教えは閉じられていて、超越的な契機を欠いている。

 もう一つの一神教であるユダヤ教。これも名前は要らぬ。ヤハウエとでも言っておこう。この神は圧倒的に強い神。父性の権化。この陰気で、秘密結社めいたユダヤ教徒は、その律法にがんじがらめになっていて、天国がちらつくその閉鎖性の中で、心理は屈折し、たえず内向してしまう。

 それを引きつだキリスト教は、やはり天国にいけるとはいうものの、天国とはどんなことろか決して明らかにしない。それどころか、それはぜんぜんいいところではないかもしれない。しかし、そこには何か〈開放〉の機運がある。そこに至る道はいばらの道かもしれない。それでもいいか、と問われているような気もする。

 新しい神キリストは、信者が創る教会を憐れみの心をもって見つめるだろう。やはり彼らには文化が必要なんだ。彼らには政治が必要なんだ。しかし、キリストは、迷わぬ99匹を置いてでも、迷った一匹を探しに行く。徹底的に反政治的なるもの。それは宗教であって、しかも宗教の域を超えている。

 小生は何ゆえキリスト教が、当たり前だと思われている人間社会を超えるような、超越的契機をはらんだものではないか、と言いたくなるのは、まさにそのことをキリスト教文化圏に生きた後に実存哲学者とよばれる青白い熱血漢たちに、そのことを示唆されたからである。




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なんかなー
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テーマ : 哲学/倫理学 - ジャンル : 学問・文化・芸術

コメント

神道とイエス

なでしこ☆さん。いつも刺激を与えてくれますねぇ。
いや、小生もよく解らないのですよ~。日本人なのに神道が。いわゆる「宗教」って言葉を「神道」にあてはめようとすると、どうもピンとこないところがありますね。富士講とか御嶽信仰とかは・・・明治政府がこれらを排し、国学も排し、なんか結局神道は宗教ではない・・と言いだし、まあ政治をからませるとそういうしかないか、と納得する点もあり。
イエスの教えと神道?バブティスムと禊祓は似てるかも。

わ~ホントだ面白いですね!

うたのすけさん、こんばんは、また遊びに来ました!

私は、キリスト教の教えに、うたのすけさんの様な深い考察をしたことはなかったです。
まさに神道的「宇宙のつながり」の思想があったんですね~。
キリスト教は、元来、多神教のギリシャ・ローマ民族が、一神教のユダヤ民族イエスの教えに共感できる内容だったと思います。
ただ、ユダヤ人だけがイエスには賛成できなかった。

それは、イエスの教えが多神教的な発想だったからですね。
(なるほど・・・そんな事考えもしなかったです。)
という事は、キリスト教と神道はそんなに違ったものではない。

しかし、一神教「汝の敵を愛せ!」と多神教「穢れ払い清めたまえ!」に共通点があったとは!以外でした。
今回は、うたのすけさんに、脱帽です。ははは!

No title

coffeeさん、ありがとう。
涼しくなってきましたね。さらなるご健闘を祈ります。

No title

Umama01さん。こんにちは。
そうですね。あの強い欲望白人種が、絶え間なく戦争し続けてきた西欧において、あの〈キリスト教〉が、政治との駆け引きをしつつ育ってきたとうのは、振り返ってみて、よくわかりますね。
今も、アメリカ帝国をはじめキリスト教文化が世界をリードしているようです。(何世紀か後には見る影もなくなっているかもしれませんがね)
拷問、魔女狩りなどは、キリスト教の負の側面ですね。イスラムではいまだに石撃ち刑がありますね。それほど、エゴイズムと信仰の排他性が結びつくと恐ろしいことはありませんね。
悪魔はキリスト教の必然の鬼子です。しかし、それほどのリスクを負いながらも、続いてきたのはなぜか。姦淫の罪を犯した女に石打をしようとした人たちに対して、イエスは「心の中で姦淫をしたことがない人から石をなげよ」と言いましたね。これ以上の逆説の〈普遍性〉はないと、小生は思うのです。また、ひょっとしたら、そこにのみ、人間性の突破がありうるのではないか、と夢見るのです。
もちろん夢です。皆が人間性を脱し、この世が天国になったら、退屈極まりない世界となるでしょう。

ようやく

ようやく涼しくなってきました。
ランクリ

月下美人

紀瀬さん、こんにちは。
3日くらい前から花芽が膨らんできたので、見逃してはなるまい、と思い、玄関先に入れてありました。今年は二回目です。
もちろん写真に撮りました。アップしますわ。

No title

私は基督教に排他的な絶対神が生まれたのはローマの迫害があったからであり、栄えたのは、イスラム圏の西欧侵略があったからこそ……と思っていますけどね~。
理由は信仰は時代が流れるにつれへばりついて来た程度のもの。
彼らの本質は「生存するために何でもやる」です。
だからこそ虐殺と略奪を日常的に行ってきた西欧文化において馴染み、栄え、そして現状の形を取り、権力を得てからは魔女狩りや拷問を突き進んだ。
……と、私は勝手に考えております。

No title

うたのすけさん

こんばんは。
わたし、月下美人のお花が好きなんです。
今夜咲かれたのですね。
見たいな~(^^)

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世の中の人は何とも岩清水
澄み濁るをば神ぞ知るらん

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