スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

阿岐豆志麻

 日本のことをアキヅシマとも言いますが、この蜻蛉(あきづ)とは、トンボのことですね。

 『万葉集』第一巻の二つ目の歌。舒明天皇が香具山に登りて望国(くにみ)したまふ時の御製歌(おほみうた)、と題があります。

  大和には 群山あれど 
  とりよろふ 天の香具山 
  登り立ち 国見をすれば 
  国原は 煙立ち立つ 
  海原は かまめ立ち立つ 
  うまし国そ あきづ島 
  大和の国は

 小生とても好きな歌です。この国見とは、ただ眺望を愛でるのではなく、五穀豊穣の祝祭儀礼と言われています。音読してみると、うまし国ぞ!という言葉を発された時の、天皇の息遣いが伝わってくるではありませんか。

 ところで、この「あきづしま」という言葉なのですが。その由来はこうです。

 雄略天皇記にあるお話。

 天皇が阿岐豆野(あきづの)に狩に行かれた時、天皇のお腕にアブが喰らいついた。とそこへ蜻蛉(トンボ)が飛んできて、そのアブを喰らって飛び去った。天皇は、そのことを歌に詠まれ、手柄を立てた蜻蛉にちなんで、「そらみつヤマトの国をアキヅシマと言おう」と。そしてまたその時以来、その野を阿岐豆野という。『日本書紀』にも同様の話があって、天皇は、自分に仕えたこのアキヅの名を残してあげようと蜻蛉(あきづ)嶋倭と讃えた歌を載せてあります。

 しかし、それより古く、神武天皇の条には、天皇が腋上(わきがみ)のほほまの丘というところに登られて、国の状(かたち)を廻らし望みてのたまはく「ああ、素晴らしい国を得たものだ。割と狭いが、蜻蛉の臀呫(となめ)のごとくにあるかな」と。これによりて、始めて秋津洲(あきづしま)の名あり、とあります。

 この蜻蛉のトナメとは、蜻蛉が交尾するとき、お尻をなめる形、69の環状をなしますな、あの形らしいです。体系の注釈は「狭い国ではあるが、蜻蛉がトナメして飛んで行くように、山々が続いて囲んでいる国だな」とあります。小生は、周りを山々に囲まれた盆地をイメージしますが。

 それよりさらに古く、『古事記』のイザナギ、イザナミ二柱の神が沢山の国を産みますね。淡路島、四国、九州、そして佐渡。そのあと本州と思われますが、これが秋津という語の初出だと思います。

 この少し後、速秋津日子神(ハヤアキヅヒコ)と速秋津比売神(ハヤアキヅヒメ)というペアの神も生まれています。ここで、秋津は清明(あか)き、すなわち穢れを祓って清らかな状態をいう、と宣長は言っています。その線をたどると、スサノヲが黄泉の国から逃げてきて、禊祓い(みそぎはらい)をしましたが、水に浸かって、穢れを落としたときに成った神が、神直毘(カムナホビ)神、大直毘神、伊豆能売(イヅノメ)神の三神でしたが、このイヅ(伊豆)はアキヅ(明清)ということばがつまったもので、それは汚垢(けがれ)をすすぎ祓って明く清まりたる意、ということらしいです。

 つまり、「うましくにぞ あきづしま やまとのくには」は、この国は、倭地方をさすのか、もっと広い地域をさすのか、判りませんが、〈あきづしま〉という語によって、とにかく凶事から離れた清らかな国というイメージと繋がります。
         


じゃんじゃんクリックで景気回復↓↓

          人気ブログランキングへ
          にほんブログ村 哲学・思想ブログ 思想へ
にほんブログ村
                           
関連記事
スポンサーサイト

テーマ : 文明・文化&思想 - ジャンル : 学問・文化・芸術

コメント

文化の継承

ありがとう、なでしこ☆さん。
文化は継承されなければ終わりですね。
失ったものは二度と生まれない。
新しい文化の創造は何百年もかかる。
ですね。

うたのすけ様、こんにちは!

さすが、うたのすけ様ですね。今回も勉強になり、おもしろい記事でした。
でも、次世代に継承する人がいなければ失うものですよ。
よきこの国の文化が失われないよう、願うばかりです。
皆で、伝えて行かなければですね。

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー) URL

プロフィール

うたのすけ

Author:うたのすけ
世の中の人は何とも岩清水
澄み濁るをば神ぞ知るらん

最新記事
カテゴリ
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
FC2カウンター
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。