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『鈴屋問答録』

これは56項目にわたる様々な質問に本居宣長が答えた記録集である。その中で、南川という人の「神道を問ふに答るの中に陰陽の辯の内。」と題するものがある。
 おもしろいので紹介。

 「まづ世間には二つある物が多い。天地、日月、男女、昼夜、水火などの類だ。そのような二つある物の多いのは、みな陰陽の理だとしているが、じつは陰陽の理からそうなのではない。自然にそうなるのだ。
 そのゆえは、一つに一つを加えれば二つだ。また一つの物を割れば二つだ。それだから、二つの物は多くあるはずである。
 ところで二つの物より一つの物のほうが多いのであるけれど、人はそのことに注意しないものだ。人の身について言えば、耳目手足などは二つあるが、頭も鼻も口も臍も一つだ。もし陰陽の理あれば、万物ことごとく二つのはずだ。・・・
 さて二つである物は多くは反対の性質を持っているように見える。これも陰陽の理でそうなのではない。もともと二つであるということは、これとあれと異なるから二つであるというのだ。そうであるなら、二つである物は必ず、これとあれと異なるはずということになる。
 ところで、ただ二つの物であって、他の物を考えなければ、この二つの異なったこれとあれとは必ず反対ということになる。また必ず二つではないけれども反対するものに似た感じなら、強いて一対としてしまうことはよくある。
 とにかく陰陽の理ということは、もともとそうでないものを二つの物へ適応するために設けた仮の名である。」

 こういうところ、じつに宣長の面目躍如だな。宣長の思考には、どうも公式から演繹する方法に対する不信が感じられることが多い。

 この二つの物ということで連想してしまうのが、Bergsonの空間論だ。彼は最初の主著でこんなことを言っていた。

 〈二つの物は同時に同じ場所を占めることはできない〉という論は同義反復あるいは重複だ。というのは、〈二つの〉という言葉がすでに空間における併置の観念を含んでいる。

 それにしても、数はどうして出来たのであろう。小生の想像では、初めはものの多さの比較があったのではなかろうか。つまり二つの集合から一つ一つの物を対応させた。それを繰り返すうちに、いつしか個物の順序を表す言葉を与えた。一、二、三、・・・要するにこれ自然数。このとき、すなわち目の前の具体的な事物の名とは関係のない、順序を表す言葉を発した時、数というものの独立的観念に目覚めたのではなかろうか。

 空想をたくましくすれば、先ほどの陰陽の説ではないが、1よりも2のほうが、数として先だったのでは、とも思う。というのは、1というのは、英語でaのことで、べつに1と意識する必要はない。
 There is a pen. でいいのだ。oneとあえて言わない。ところが、テーブルに二つあることを表現するには、
 There are two pens. となる。このtwoに目覚めてからoneの発見があったような気がする。
 
 ちょっとうがち過ぎかな・・・・。
 逆に、そもそもの初めからaがすでにoneの観念を含んでいて、それが使われていくうちにだんだん oneの観念が希薄になっていったのかもしれない。だからaは不定冠詞と言われ、それは物そのものを限定するthe と比較すれば、抽象的数観念の名残をとどめているのではないか。

 まあ、そうだとしても、2 という数字は、なぜか、われわれの注意をとても惹きやすい性質をもっている。


 ちなみに、ゼロの発見はうーんと後の話であろう。

 ゼロ。これは難しい。なぜなら、われわれは物の存在しか知らないから。物の不在の観念は、存在のより後に決まっているし、数学上では引き算が生じてからだろうから。実用性からいったら分数より後のような気がする。

 それから、実数(マイナス)、無理数、・・・虚数・・・、数学の世界は、その論理に従ってどんどん広がる。



     
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テーマ : 哲学/倫理学 - ジャンル : 学問・文化・芸術

コメント

数学と音楽

なでしこ☆さんに、8は力強いと言われると、なんかそんな気がしてくるのが不思議だな(笑)
そうそう、数学と音楽は、それぞれ抽象的(論理)と具体的(感性)の極致で、普遍的な二つのものと思っています。
世界中のいかなる人間にとっても、直接的、先天的に備わっているものに関係していると感じます。
誤解を恐れずに言えば、音楽こそ最も根源的と・・・。何か分からなくなったら、音楽を聴いて踊りましょう・・・♯♯♯・・・

うたのすけ様、こんばんは!

なんだか?
うたのすけ様から見た、なでしこ☆流は、サムライのようですね。そんな、イメージって?(ははは!)


うたのすけ様の好きな数字8は、平凡ですか?
面白いですね。
0と0をつなげたような8は、私から見ると力強い数字ですね。

う~ん・・・「0とー1が怖いっていうのは、鋭い」かもですね。
私の場合0は、実数の感覚がありますが、
負数は、「見えないけど存在する世界」のような、これも実感できる感じです。
むしろ、怖いのは実数の2の方です。ははは!
虚数になると・・・私には、よく解らないですが。
どうせイメージの世界なら、数字より音楽の方がロマンティックですね。
♭(シャープ)の世界は素敵ですよ。
(↑気分が憂鬱の時はダメなのかな?)
そうそう、音楽もコードでしたね。
とりとめないコメントでスミマセン~!


数字の性質

こんにちは。なでしこ☆さん。それにしても春めいてきましたね。
小生は、平凡だけれど、8という数字が好きです。
0はなんか怖いな・・・どう考えていいのか・・・beyond my imagination。なでしこ☆さん流にいえば、あまりにも普遍的すぎて異様!・・・しいて表現するなら、宇宙の永遠の沈黙かな。霊的とは感じないな。小生の感覚では霊はこの世的です。
0-1もなんか怖いな・・・粒子と反粒子って感じ(笑)あるいは名刀ムラサメ、すっぱり切って捨てる!これ、なでしこ☆流、どんどんあいつらを切ってやって!
むしろ負数か虚数が霊的な感じがしませんか?

面白いテーマですね!

うたのすけ様、こんばんは!

数学は苦手なので、コメントがしずらいですが・・・。
0の発見は、インドの人でしたか。
この概念は、やはりすごいですね!
0.00001%なんて事も0が発見されなかったら無い訳ですね。

ほぼ0という状態は現実には無いのでしょうけど。
0が好きな私です。
なぜか?それは・・・0と1は、皆様の概念上、
ブレる事が少ない数字だからです。
飛びぬけて0の概念は、全人類共通でしょう?
これ、霊的な数字でもあります。
だって自然界では存在しないかもしれないから。
0は、限りなく神の領域に似ているかもですね?
数字としては、ごく普通に使ってるものですけど。
2もまた面白い数字ですね。
今回の記事で「陰陽」と「2」という共通点が理解ができた気がします。
私は、陰陽の考えがイマイチ理解できない人でもあります。
本居宣長さんのように、2よりも1の方により意識がありますね。
うたのすけ様、悪夢は逆夢でしょう!ははは!

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澄み濁るをば神ぞ知るらん

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