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霊魂の発生1

 その昔、小生はヒスイの勾玉をもっていた。それは古代人が身に付けていたものである、と信じている。骨董屋で6万円で買ったものだ。しかし、一昨年の秋、失ってしまった。紐が切れて落してしまったのか、銭湯かジムに置き忘れたのか。とにかく残念でしようがない。その後、現代のレプリカを買ったけれど、これはじつにパワーレスで、あほらしくて身に付ける気がしない。

 ところでこの勾玉の形だけれど、日本独特の物らしい。朝鮮にも一部あるかもしれないけれど。この形は、何を意味しているのだろう。胎児だという説もある。なるほどよく似ているのもある。小生は丸い玉が燃えながら飛んでいる形だと思う。この玉はいわゆる魂で、それはエネルギーを発している源であって、日本の古代人の目にはそのような物が見えたのであろうとかってに信じている。


 魂(たましひ)は霊と書いてもいいが、現代人はたいていは魂を信じている。遺族は遺骨収集をするとき、骨はただのカルシウムの塊ではなく、そこに故人の何かが宿っていると信じている。共産党員に捕まって親や子の写真を踏めと命令されても、写真はただの紙切れだと解っていても踏むとなると躊躇する。

 ところで、〈ケガレ〉〈ミソギ〉あるいは〈ハラヒ〉については、つとに『古事記』には、あのイザナギ命の禊祓(みそぎはらいひ)が書かれていて、古代人はこの観念を生きていたのだな、と思われる。ケガレとは、穢れー気枯―気離れ、何事であれ悪いことを言う。その最たるものは死である。これに触れたり、見たりすることによって、汚染される。これを払い清めることを、ミソギ、ハラヒと言う。
しかし、この時、われわれが今言うところの祟りとか怨霊とかいうものを感じていたのだろうか。

 小生は、我が国の神話にあまりにも露な〈ケガレ―ハラヒ〉と平安時代から顕著になってくる〈怨霊―鎮魂〉との関係やいかに、という問題にしばらく捉えられている。
 
『記紀』に出てくる魂という言葉は、たとえばある神の荒魂をもって国守りの神とするとか、和魂をもって安全の神とするとか、あるいは幸魂(さきみたま)奇魂(くしみたま)と述べられているが、これらは実体というより神の働きを示していて、われわれが今言う人の霊魂とか、ましてや怨霊とか、さらにはそれらによる祟り、鎮魂などという言葉はなかなか出てこない。やっと「天武紀」において、天皇が病気になられて招魂(たまふり)をしたという言葉が出てくる。

 鎮魂という言葉は、今はタマシヅメ、すなわち荒魂を鎮めるという意味に使うが、古代は、魂の活性化であって、タマフリと言っていたのを鎮魂と書き表したと聞いたことがある。タマフリとは招魂であって、これは魂が体の外に出ていかないように、体の中に鎮める儀式のことであった。

 それよりはるかに古く、ヤマトタケルは死んで白鳥になって飛んで行った。人々は白鳥を追って走った。白鳥が止まったところに、タケルを祭る神社を造った。この話は、明らかに死後にもその人の魂が続くと人々が信じていたことを物語る。

 ヤマトタケルと天武朝の間には、仏教や儒教の伝来がある。

平城遷都後、沢山の漢籍や仏典を読み、遣唐使としての経験があった大秀才、山上憶良が、おそらく天平の初め頃書いたと思われる、沈痾自哀文(病気にかかって自ら嘆く文『万葉集巻五』)には、祟りや霊そして中国の生き返りの話が出てくるけれど、だかといって、このあたりから、つまりこの言葉の輸入から、突然これらの観念が生じたとはどうも考えにくい。
                                
                                つづく


                     
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テーマ : 文明・文化&思想 - ジャンル : 学問・文化・芸術

コメント

ケガレ

sugarbaby♪さん。コメントありがとう。
sugarbaby♪さんの感性わかるつもりです。
しかし、「ケガレ」は厳密には「穢れ」ではありません。むしろ気枯れに近いかもしれません。少なくとも、ニュアンスはもっと広いものだと思います。古代人と我々とは、言葉の概念が違ってきていると思います。
そして、穢れが嫌いという感性そのものが、まさに日本人的であり、穢れの定義のエッセンスをなすものではないでしょうか。

また、古代人と一口で言っても、「言語生活」を始めるようになってから、古事記が書かれるまで、一万年くらいは経っていると想像します。
どこからが倭人でどこからが渡来人かの区別も難しいですし、したがって、神話がどこまでが渡来人によって創られたものか。それよりも、はっきりしていることは、古代人の感性を漢字で書き表そうとした奈良時代初期の人々の大いなる努力に頭が下がります。
われわれは、土器や集落跡などともに、彼らの残してくれた文献のおかげで、古代の感性を推測することができます。

こんにちは。。

大変鋭い考察に頭が下がります。
わたしは「穢れ」という思想が嫌いです。
さっきまで愛して大切だった人が亡くなったからといって穢れたとは思えません。だから清めの塩も使いません。穢れ思想はいまでも差別に繋がります。恐らくは渡来人が倭人を差別したときに始まったのではないでしょうか?神話はすべて渡来人(神々)が土着人を成敗して君臨する、というストーリーですよね。つまりはこの日本は太古より渡来人に征服されていたのではないでしょうか?
関係ありませんがミトコンドリアDNAはアフリカの1女性と証明されています。すべての人間のミトコンドリアDNAはこの女性から受け継がれているわけです。
平安に入って、陰陽道が盛んになったのも大陸から来たものですよね。仏教や儒教が伝来した時点で、もう本来の倭人は消滅していたのかもしれません、アイヌを除いては。
などと勝手な意見を述べてすみません。わたし、こういう話、好きなのです。
お邪魔でなかったらまた参加させて下さいね(*^・^*)

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