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先天的平和国家

 この度の東日本大震災において、被災した街々は壊滅したにもかかわらず、人々は暴動を起こすこともなく、助け合いながら整然と救援を待っている様子に、諸外国は賛辞を呈した。

 性格はじつに危機にひんした時こそはっきり顕れるものなんだな、と思う。そういえば、昭和20年、日本軍解体、日本占領統治のためにマッカーサー元帥がやって来たとき、日本人は事態を即座に認め粛々と手配を整えたその態度に米国人は驚いたという。

 明治維新のとき、あれほどの大革命であったにもかかわらず、死者はフランス革命の百分の一程度であったときく。徳川慶喜は政権から排除されたが、ギロチンで首を切られたわけではない。ましてや民衆が前権力者の首を切って喜ぶなんてことは考えられない。

 武士道の観念が日本人にしみついてからであろうか。しかし、武士道は、倫理性というよりも、茶道と同じく日本人の性格から生み出された形式美ではなかろうか。何をするにも美に繋がっていく傾向があるのだな日本人は。

 聖徳太子はまず何を措いても「和をもって尊しとなす」を第一にした。それがそのまま日本人に受け継がれてきたのは、そもそも日本人は神話において、すなわち性格を決定しているものにおいて、死に対する恐れ(けがれ)がつよくあったからではないだろうか。そしてまた、自然の恵みによって、あるがままに受け入れる傾向も?

 おそらく日本人はうんと昔から、争い事をとても忌避する傾向がつよいのではないかな。『論語』に「子、九夷(東方の未開地)に居らんことを欲す。」というところを、北畠親房は、「およそこの国をば君子不死の国ともいふなり。孔子世のみだれることを嘆きて、『九夷にをらん。』とのたまひける。日本はその九夷のその一つなるべし。」と語っている(神皇正統記)。
 『後漢書』東夷伝にある、「天性柔順・・・君子不死国」をも引き合いに出したのであろうか。ともかく紀元前500年から、わが日本は風俗順良であったのだ。

 では、もし世が乱れたときはどうするか。公家絶対主義の親房は南北朝の動乱の真っただ中で『神皇正統記』をものした。そこにこんな文句に出くわす。「およそ保元・平治よりこのかたのみだりがはしさに、頼朝といふ人もなく、泰時といふものなからましかば、日本国の人民いかがなりなまし。」



                
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