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象徴天皇

日本国憲法第一条。

 天皇は、日本国の象徴であり日本国民の象徴であって、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基づく。

 いったい、この象徴とは何なのか。大日本帝国憲法第四条では、天皇ハ国の元首ニシテ統治権を総欖シ…であって、分かりやすい。以前から、元首に対して象徴とは軽くて抽象的な語であって、どうもイヤだな、しかし、戦争に負けてアメリカ人によって創られた憲法だからしょうがないや、と感じていたのだが、何十年とこの言葉を聞かされているうちに、洗脳されてしまって、このこの〈象徴〉が、返っていいのではないのかな、と思うようになった。

 それにしても、アメリカ人であってもどうしてsymbolなる語を使ったのだろう、と今更のように思って、皇室のことにお詳しいT先生にお訊ねしたところ、新渡戸稲造が戦前アメリカ人にこの語を使って説明をしたことがあるらしい、とのことであった。

 先日、新聞の切り抜きを整理していたら、平成16年11月の記事が出てきた。これによると、太平洋戦争開戦からわずか半年後の1942年6月、米国陸軍省心理戦争課の大佐が想起した〈日本計画〉と題する文書中に、昭和天皇を〈平和の象徴〉として利用するという文句があり、それをマッカーサー将軍は知っていた、という史料が、2001年に米国国立文書館で発見された、という。

 なんだ、やはりそうだったのか、とあらためて思った。

 昭和20年
 8月15日、終戦。
 9月2日、ポツダム宣言受諾。
 10月4日、マッカーサーが近衛に改憲を示唆。
 年末までに、4つの新憲法草案が出来た。
 昭和21年
 2月1日、毎日新聞が改憲に付いてスクープ。
2月2日、GHQ激怒。
2月9日、吉田、松本、白洲はGHQに案を提示。
2月13日、GHQ案の基本事項を呑まされる。
2月22日、折衷案。
3月4日、GHQ了承、徹夜で翻訳調整。
4月  、一般公開。議会にかける。

大急ぎで創られたかわいそうな憲法。

この忙しい中、GHQ民政局長ホイットニーから草案を渡された幣原総理は、「天皇は〈象徴〉である。シンボルであるといふ言葉が使ってある。憲法に文学者のやうなことが書いてあると大いに吃驚した」と書き遺した。同感だ。

公文書に「文学的語彙〈象徴〉」を入れたのは、しかし言い得て妙ではなかったか。天皇は、天皇であって元首でもなければ、皇帝でもない。外務省の皆さま、天皇をemperorと翻訳するのを止めてください。戦後、象徴というなんだか訳のわからない語彙で誤魔化してきたのは、かえって伝統的な、政治権力とは対極にある精神的権威、法の中に在っていざというときには法を超えるがごとき機動性を秘めた不思議な中心、を示唆しえる。そんな力・・・

その一。昭和20年8月、陸軍のみならず、一般国民、多くの青年たちが、最後まで戦おうという気持が席巻していた時、天皇がまずもって終戦を宣言し、多くの日本人を救った。(明治憲法よかった、よかった)

その二。この度の東日本大震災の被災した方々へのお言葉。「自衛隊、警察、消防、海上保安庁を始めとする国や地方自治体の人々、諸外国の・・・努力に感謝し、その労を深くねぎらいたく思います」。この自衛隊を第一にもってこられた深い意味を思う。自衛隊のトップは、他の国家公務員のトップと違って、天皇から認証されていないことになっている、しかし天皇の思いはそのような規定を超えている。(ざま―みろ、日本国憲法)

先日、津田左右吉の天皇論を読んでいたら、偶然にも象徴なる言葉が、しかも、昭和21年4月の論文に発見したのは、大いなる驚きであった。驚きとは他でもない、この昭和21年3月は、密室での憲法作作成委員らが、symbolなる語を翻訳していたまさにその時期であるからだ。津田博士は、そんなこととはつゆ知らず、己の歴史的に見た天皇観を、戦前および戦後の(つまりpro et contra)の、声高な天皇観に対して、象徴と呼んだのだった。

津田博士といえば、記紀の神代の物語は、これが書かれた時代の状況を基にした、天皇や有力氏の権威づけの物語だというような論者としか知らなかった。それで、戦前は天皇に対する不敬ということでさんざんに叩かれた研究者であった。ところが、この論文『建国の事情と万世一系の思想』を読んでみると、じつに我が国民がいかにして皇室を崇敬して止まぬ感情を生みだしてきたか、それが続いてきたからには正統と認めべきではないか、しかも皇室がいかに民主主義に合致するものであるか、縷々諄々と述べている。

「日本の皇室は日本民族の内部から起こって日本民族を統一し、日本の国家を形成してその統治者となられた」
「国民的結合の中心であり国民的精神の生きた象徴であられるところに、皇室の存在の意義があることになる」

昭和21年初め、訳の分からないアメリカ人と、日本古代史の碩学が、奇しくも用いた〈象徴〉という言葉。この言葉は、天皇が公文に納まりきれない御存在であることを象徴(!)しているのではなかろうか。




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コメント

No title

umama01さん。
〈概念〉とは何ぞや、〈翻訳〉とは何ぞや、などという考えれば考えるほど複雑な心理的迷宮に入っていきそうですね。
まぁ、津波の英訳がTsunamiでよければ、(giant wave でなく)、
天皇の英訳はTennnoh がいいのでは。
幕末・維新の時期、欧米ではMikadoと言っておったらしいですけれど、小生個人的にはこのままでよかったのではと思います。Emperorは小生何やら明治政府の近代国家に急ぐあせりというか鹿鳴館の趣を感じてしまいます。

No title

まぁ、訳の分からない英訳になるのは当然でしょう。
天皇陛下は英語圏には存在しない訳ですからね。。。
同時に他の文化圏全てにおいてもそれは同じでしょう。
個人的な感想では、無理やりでもよく似た言葉をあてられたものだと逆に感心してしまいます。

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