スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

勾玉考2

 そもそもの初め、大火傷を負った伊耶那美命(イザナミ)は黄泉の国に行った、そしてそこから出てこれなかった境が出雲であった。そして、母のいる出雲に行くと言いに来たスサノヲ命に対して、アマテラス大御神は待ち構える、その時の武装として〈八尺の勾瓊〉(勾玉を通した玉飾り)をしている。この装飾はそれほど強い力をもっているのか、あるいはアマテラスの光り輝く威厳を示しているのか、ということであろう。

 そして散々罪を犯したスサノヲは出雲へ行く。そこでヤマタノオロチをやっつけて、後に名づけられる草薙の剣を得る。この話は、出雲は製鉄の拠点であったことを物語っているという説があるが、とにかくスサノヲは出雲の地に宮を建て、住む。そして、オロチから救われた櫛名田媛(クシナダヒメ)との間に生まれた子の子孫が、大国主神(オオクニヌシ)である。そして、オオクニヌシこそ、人も知る出雲大社に鎮座している神である。

 『日本書紀』一書によると、オオクニヌシが天界の神々に国譲りをしたとき言うには、「あなたがたの仰ることに従わざるを得ないでしょう。これからは、顕界はあなたがた皇孫(アマテラスの子孫)が治めてください。私はこの地から去って幽界を治めましょう」。そして八坂瓊(やさかに)を被って身を隠された。出雲歴史博物館の資料によると、この〈やさかに〉が勾玉であるという。とすると、勾玉は幽界での霊的な力を与えるものか。ちなみに同書には、「律令体制が進められる過程で、新しい古代国家にとって伝統的な玉は不都合なものとされた」と書かれている。

 そもそも玉は魂(タマ)を象徴するものであり、魂に対する感覚の変化は、玉に対する好みの変化を引き起こしたであろう。あの縄文の森林のような緑から、弥生時代の出雲の透明な淡い赤褐色への移り行き。たまたま出雲で瑪瑙が採れただけの事であるのだろうけれど、あの勾玉の形と言い、透明感と言い、色と言い、肌理と言い、それは孵化したばかりの透明な海の生き物の、その全身に赤い血潮が広がっていく様を彷彿とさせる。それは上代の人たちの生命感覚の変化とは言えまいか。そのような幻想に悩まされる。

 小生は思うのだが、水晶玉に多く見られるように、まんまるい球形だったらどうだろう。まったき球は完結のイメージを与えないであろうか。それは仏教的諦念あるいは休止による天上的平和を想わせる。勾玉のあの曲がった形は、小生をして運動の観念に導く。もちろん管形も、これがもっとも多い玉形だと思うが、球形に比べると、運動的ではある。が、それは直線であり方向が定まっているがゆえに、いわば予見可能であり生命的自由がない。勾玉の曲線は運動する生命の力、この世のわれわれにとっては思いがけない方向性、それはある見えない世界からの力であることを暗示する。

 要するに、出雲は幽界であり、そこからこそ、われわれ人間が生かされている顕界に対して、魂の圧倒的な力を振るい続けている。それを上代の人たちは、しかと感じていたのであり、いわばその証明としてあの形―勾玉をもっていたのではなかろうか。 
   つづく


 人気ブログランキングへ にほんブログ村 歴史ブログ 日本の伝統・文化へ
にほんブログ村

関連記事
スポンサーサイト

テーマ : 工芸 - ジャンル : 学問・文化・芸術

コメント

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー) URL

プロフィール

うたのすけ

Author:うたのすけ
世の中の人は何とも岩清水
澄み濁るをば神ぞ知るらん

最新記事
カテゴリ
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
FC2カウンター
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。