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雄略天皇4

 前回触れた雷を捕まえた天皇の側近は、小子部栖軽(ちひさこべのすがる)って人なんですが、初め天皇の命によって雷に声をかけるのです。(『日本霊異記』)

 「天に鳴る雷神(いかづちのかみ)よ、天皇がお呼びでござる」また「雷神といえども天皇の御招きを断ることはできようか」と。雷神は怒って、ぴかぴかドーン、最初は天皇おどろいて、供え物を奉った。その雷神が落ちたところは、いま雷岡(いかずちのおか)と呼ばれている所で、地図で見ると、飛鳥の甘樫の丘の北、天香久山の南東、明飛鳥川沿いにあります。

 それから、前に書いたように、雄略天皇は足が引っ掛かってもがいている雷神を助けてやるのですが、思えば、以前は自然のあるいは出自不明の神は天皇や皇祖より上でしたが、雄略天皇以降、天皇の方が上にもなりうるように思えます。

 そういえば、『万葉集』巻第三の最初の歌。(雷丘にこの歌碑があるそうですが)、天皇、雷の岳(いかずちのおか)に出でます時に、柿本朝臣人麻呂の作る歌一首と前書きして、

 大君は 神にしませば 天雲の
   雷の上に 廬(いほり)せるかも

 天皇は神でいらっしゃるゆえ、雷の上に仮宮をお建てになる。ついでに、『万葉集』第一巻から第四巻のそれぞれの劈頭を飾るのは、第一巻は雄略天皇、第二巻は仁徳天皇の后、第三巻はこれ、第四巻は(たぶん)仁徳天皇の妹。何となく万葉編纂者の意気込みを感じないでしょうか。

 『日本書紀』にも似たような挿話がありますが、この側近の小子部栖軽は、柔順ですがそそっかしいところがあって、天皇が皇后たちをして養蚕を広めようとして、彼に「国中の蚕(こ)を集めよ」と命じると、彼は大急ぎで嬰児(子)を集めて献上しました。天皇大いに笑って「汝がみずから養え」と命じられた。彼は命令通り養育し、よって姓(かばね)を賜わって小子部連(むらじ)となったとあります。

 この養蚕は、仁徳天皇の御代に中国から伝わったらしいのですが、雄略天皇時代から皇后の重要なお仕事となり、今の美智子皇后も丹精しておられますね。

                            ぱちぱち


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