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冬至

冬至。素敵な言葉だ。人間の生活のリズムは太陽の動きによって律せられているし、太古の人たちは夜間は月や星の運行を眺めてばかりいたであろうから、まず天文学を発達させたことであろうことは想像に難くない。

 夏至冬至春分秋分における太陽光の位置に標をつけることの呪術的、宗教的意味。インカやエジプトのピラミッド。アンコールワット。ストーンヘンジ。三内丸山遺跡。世界中どこでもその瞬間を意味あるものと捉えていた。

 宗教と言えば、どこでも初めは自然宗教つまり多神教であったようだ。人間にとって祭りの起源は、獲物の調達を神々に祈ることであるように思われる。農耕民族にとっては農作物の収穫量が最大の問題であろうし、したがって太陽神への感謝は一番大事な行為だ。

冬至は太陽が最も弱り、そのあくる日からまた日一日と長くなる、そういう瞬間である。だから冬至は重要な意味をもっている。この日に、あるいはこの前日に太陽神を祀るお祭りは、世界中どこにでもあっただろうと思う。

クリスマスも、もとはと言えば、ローマ帝国が公認する前は、あの辺りの民族宗教は冬至の太陽神を祀る祭りであったのが、人心掌握のためにキリストの誕生日だと府会したようだ。この作戦は成功し、いまやキリスト教文明が世界を席巻している。

先日(11月22日の夜)、石上神宮の鎮魂祭に行ったが、その要となる御魂(みたま)神事は、『先代旧事本紀』にいう、神々の世界から降りてきたニギハヤヒ命がもってきた神宝を使って、その子孫が神武天皇の心身の安寧を祈ったのが、その始まりと、ある。

が、暗闇の中で神主の繰り返す呪術的文句「ひい、ふう、みい、よう、・・・・とお・・・ふるへ、ゆらゆらと、ふるへ」とシャンシャンと鳴らされる鈴の音から強く感じたのは、魂の再生であり、もっとも暗くて長い夜からの復活だ。

数日後電話で宮司に「あれは魂の復活の呪文だと思われるが、誰に対して言っているのですか、われわれ全員に対してですか、主祭神のフツノミタマ(神武天皇の大和平定を助けた剣)ですか」と訊ねたところ、言下に「天皇に対するものです」と。

延々と毎年繰り返されてきている鎮魂祭―魂振りの祭。人が死んで歌舞音曲を催すのも元はタマフリの意味があると聞いた。天の岩屋神話もそんなのを連想させる。死と再生の秘義が行われる瞬間―冬至。



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テーマ : 宗教・信仰 - ジャンル : 学問・文化・芸術

コメント

No title

umama01さん、正月は、一年365.○○○日は決まってますから、どこかで目盛を0にしなければ不便ですからしょうがないでしょう。勝手な取り決めといえば、成人の日、チョコレート返す日、父の日、母の日、救急の日、体育の日、海の日、犬の日(これなかったかな?)・・・どうせなら自由恋愛の日というのがあってもいいのに、つまりその日以外の364日は身を慎むことになる。そういえば、南米ヤノマミ族にはそんな日があったですね。古代日本にも歌垣、古代ギリシャのバッカス祭、まあどこの古代民族でも姓的解放の日は必要であった。これ復活すべきと思われるが、何かの業者が考えてくれんかな。

No title

私は正月や年の瀬という行事が嫌いだったりします。
だって、勝手に人が決めただけの区切りですから。
それでもこういう……しっかりと地球の公転軸の歪みによって太陽との距離が最も遠くなるという理論的な日は間違いなく意味があると思っています。
まぁ、ただの偏屈な訳ですけれど。。。

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