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『紫式部日記』3

 〈女房たちの取次での応対がまずいというのは、べつに語彙が少ないというわけでもなく、理解力がないというわけでもなく、ただしくじったらどうしようとか恥ずかしいという不安に捉えられて、ついつい逃げ腰になるからでしょう。いったん宮仕えという仕事に就いた以上、上手に応対するという大人のしきたりに従おうとすべきではないの。

 こんなところが、斉院方に侮られるのじゃないかしら。しかし、だからと言って、自分の方こそ優れており、他の人は見ても聞いても解るまいと自信過剰になって相手を軽蔑するのは道理に合わないわね。他人を非難するのは容易であり、自分の心を適切に配るのは難しいはずですが、そうは思わないで、まず自分こそ賢ぶって他人を無視したり、世間を非難したりするところに、むしろ浅薄な心のほどが見えますね。〉

 こういう態度も、〈やまとだましひ〉が薄いということは明らかですね。いずれにせよ、極端な態度は、精神のしなやかさを欠いていると感じます。

 しかし、紫式部はあれほどしなやかな態度を推奨しておきながら、自分はついつい無口になってしまう。他の人たちから見ると、お高くとまっている、打ち解けず人を軽蔑している、などと言われる。しかし、話してみると、打ち解けやすく、おっとりしているとも言われます。

 紫はたんに自分の好きなことを同僚に話すことさえとても難しかったでしょう。また自分の才をひけらかしたくもなかったでしょうし、ひけらかすことによる嫉妬の渦にのまれることも極力避けたかったでしょう。人によって様々とは言え、自分のあり方、自分の気持ちを人に説明するのが何とも困難であることをどうしようもなかったでしょう。

 とりわけ宮中では、自分こそと思い、人の気持ちを理解しようとする人が少ないがゆえに、紫の無口は、あの子供らしい女房の恥ずかしさや気遅れ、引っ込み思案からくるものではなく、億劫なのであり、面倒なのであり、どうせ理解されないのなら、どうとも思え、じっとしてにこにこしているのが一番
という気持ちが強くなっていったのでしょう。

 終わりの方の手紙らしい部分。

 〈何ごとにつけ、世の中は煩雑で憂鬱なものでございます。〉
 〈後は仏道修行のみです。私は罪深い人間ですから、出家できるかどうか。〉
 〈それでもまだ他人の口を心配している私は思いきれないのでしょうね。いったいどうしたらいいのでしょう。〉

                

                                


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