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アウグスチヌス1

    

 
 
アウグスチヌスの『告白』(山田晶訳)を読んだ。アウグスチヌスの著作といえば、これと『神の国』しか知らなかったが、じつは彼は非常にたくさんの論文を著した大変な著作家であったようだ。

 アウグスチヌスは354年、北アフリカのカルタゴに近い町タガステに生まれ、430年その近くの町ヒッポ・ルギウスで死んだ。壮年時代のわずかの期間、ローマとミラノに住んだ。

 この少し前の時代のローマ帝国は、ずっと以前から続いていた各地域の古代諸宗教、多数のいわゆる異教(たとえばマニ教)、そしてとくに勢力を増しつつあるキリスト教の諸派による闘争が絶えず、ついにコンスタンティヌス帝が政治決着をつけねばならなかった。

 が、それ以後も諸宗派の争いは絶えず、テオドシウス帝はキリスト教を国教化するが(391年)、それでもなお帝国は落ち着かず、さらに蛮族の侵入によって西ローマは滅亡への一途をたどり、そのために却ってローマ教会は、安定した東方教会よりも、その教義の純潔を研ぎ澄ましえたと言えようか。


 彼アウグスチヌスは悪ガキであったようだ。とはいっても、まあ当時の普通の少年であったらしいが、彼を終生悩ませたのは、どうにもならない性欲であった。16歳から女性と同棲をはじめ、翌年には息子が出来た。悪ガキ仲間と泥棒もした。しかし勉強もよくでき、知的好奇心が強く、ギリシャ哲学を読みあさり、マニ教に入信。敬虔なキリスト教徒であった母親を嘆かしめた。

 マニ教は、霊と肉との、善と悪との絶対的二元論で、『旧約』を否定、キリストは肉体ではなく精神そのものとしていたそうだ。アウグスチヌスは29歳の時、マニ教の司教ファウストゥスに会って話をする機会を得たが、そのときファウストゥスの考えがあまりに浅いのに失望して、マニ教に対する疑いが芽生えた。

 それから彼はローマに赴き、翌年ミラノの修辞学の先生に推挙される。そこで司教アンブロシウスに遇い、その人格および『聖書』の解釈の深さに感銘を受け、以後キリスト教正統派信仰に傾いていった。
 
 31歳時、母の勧めで12歳の女性と正式に結婚。いままでの女性とは決別。プロチヌスらを耽読。

 33歳時、母死す。北アフリカに帰って友人たちと修道院生活をする。37歳時、あるきっかけでヒッポ・レギウスの司祭にならされ、43歳時には司教になり、生涯そこにとどまった。

 彼の後半生は論争に明け暮れた。それがそのまま彼の思想の発展となり、信仰の深化となった。マニ教に対しての大きな論点は、悪の存在とキリストの受肉という点である。マニ教は悪の根本的存在を肯定する。対してアウグスチヌスは神が創ったこの世に悪はない。被造物たるわれわれの意志が神に向かず無に帰ろうとする、そこに悪が生じる。マニ教はキリストは光の子、精神であって、肉体をともなってこの世に来ったのではないとする、対してアウグスチヌスは、キリストは確実にこの世の歴史的存在でもあると言う。

 それから対ドナティスト論争。彼が生まれ、最終的に司教をしていたのは、アフリカである。このころの当地のキリスト教徒たちはローマの教会の腐敗を知っていた。すなわちドナティストは、聖なる人でも一度でも信仰を汚した者による秘跡は無効である、と主張する。対してアウグスチヌスは、教会は完全ではない、そしてわれわれはみな弱い人間であるから、過ちを犯しても悔い改めた者には寛容であるべきだと主張した。

 罪を犯すことについて人間の自由意志を重んじたペラギウスという僧に対しては、アウグスチヌスは、すべては神によって創られた、そして人間の善い行いへ向かう意志は神の恩寵によるのであって、人間の自由意志によるものではない。悪い行為、つまり罪は人間によるものであるが、それは己の弱さの自覚が欠けているからであり、それゆえにこそ神の恩寵を乞わねばならない、となるらしい。

 この『告白』は、あくまで神の前での告白であり、女性の肉体から離れられない自分、司教になってからさえ夢の中での自分をコントロールできない自分の最終的な弱さの告白、そして異教信仰からの回心と、それはあくまで神の恩寵であって、この神はキリスト教正統派の教義が示す神でなければならないことを、ギリシャ哲学やプロチノスをふんだんに援用しながら、追及している。





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テーマ : 哲学/倫理学 - ジャンル : 学問・文化・芸術

コメント

No title

umama01さん。どうなんですかね・・・。ともあれ、彼はとても素直な人だったと思います。周囲へ順応し、また母には頭が上がらなかったようです、それが彼のローマカトリックへの傾倒の深い誘因だと感じます。

No title

いや、うん。彼なりの葛藤があったのは分かりましたが。
それでも母に逆らえないのが当時の時代かな?

と言うか、うたのすけさんのコメントの書き方、面白すぎます。
内容がアレにも関わらず、つい笑ってしまいましたよ。。。

No title

umama01さん。アウグスティヌスは肉欲の奴隷だったけれど、ドンファンではなかったようです。母の奨める身分正しい女性と婚約をする31歳まで、ずっと続いていた女性を捨てませんでしたし、別れるに際してはとても心を痛めました、また息子には最後まで大きな愛情を注いでいました。
この婚約当時、相手の女性はまだ10歳で、法律上12歳にならねば結婚できなかったようで、それまでの2年間、彼は我慢が出来ず、また別の女とやりまくってました。
つまり、精神的な愛も、感性的な愛も、とても大きかったようです。

No title

どうして偉人と言うか、物語を後世に残している人間って、こう素行がよろしくないのでしょうか??
いや、実のところ、当時の文化では母の言葉に従うのが美徳だったのかもしれませんけど……あっさりと女性を乗り換えるってのが、何とも受け入れがたく。。。
こういう考え方そのものが、今の価値観で判断しているから、でもあるのでしょうけれど……

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