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『美濃の家づと』

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これは本居宣長が、『新古今和歌集』の約二千首から選別し、それに評釈を加えたものである。おおむね、後鳥羽院時代の〈新しい〉歌人たちの一つ一つの歌の解釈や歌としての良し悪しを論じている。

『新古今集』からそれぞれの歌人のどれくらいの歌に言及されているか、数えてみた。多い順に、括弧内は新古今収録数。
摂政良経70(79)、慈円65(91)、俊成62(72)、西行56(94)、式子内親王45(49)、定家43(46)、家隆42(43)、寂連34(35)、俊成女30(29)? そんなことあるか。まあ、小生のこと、数え間違いは大いにあり、責任はもちません。

 西行が相対的に少ないですね。そうして、良い評価を得ている歌は少ない。もちろん中には良い評価をしてる歌もあります。たとえば、―

   降りつみし高根のみ雪とけにけり
      清滝川の水の白波

 「めでたし、詞めでたし、雪にきゆるといふと、とくるといふとのけぢめ、此の歌にてわきまふべし、此のけりは、おしはかりて定めたる意なり、水の白波、よき詞なり、此の歌にては、水のまさりて、波の高きさまによめるなり、云々」

 歌人たちの個々の歌に対して、それぞれ従来の解釈を批判したり、優れている点や駄目な点を指摘している。場合によっては、本歌を引いているだけのものもあるが。

 だいたい、高い評価を受けている歌は、定家、家隆、俊成、俊成女、有家のが目につく。宣長が「いとめでたし、詞いとめでたし」と最高のトリプルAをつけている歌が4つあった。そのうちの一つ、定家の歌は、―

   消えわびぬうつろふ人の秋の色に
     身をこがらしの森の下露 (1320)

 しかし、例の有名な「見わたせば花も紅葉もなかりけり浦の苫屋の秋の夕暮」にたいしては、当たり前のことを言ってどうするの、今さら「なかりけり」と歎いてもしようがないよ、と一蹴。

 宣長は、歌人の生涯のあるいは作歌の紆余曲折には興味はなく、一首の歌そのものの姿に注意が行く人であって、この評釈集の中でもこんなことを言っている。

 「昔の名人と言われる人たちのでも、その歌がことごとく良い物とは限らない、悪いのもまじり、又よい歌にも疵もありうるので、たとえ人麻呂・貫之の歌であっても、良し悪しを、まあ及ばないけれども、考えねばならない、つねにそうしていると、自然と良き悪しきが解ってくるから、従来のいい加減な注釈などに惑わされることがなくなってくるよ。」



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テーマ : 日本文化 - ジャンル : 学問・文化・芸術

コメント

No title

umama01さん、歌って歌って、聴いて聴いて、自分の感性だけを信じる、いやー最高じゃないですか。

No title

宣長の言葉は、実に納得できる一言ですね~。
私は歌の方も歌手で選ぶよりは曲で選ぶ人間なので、大きく頷かせて頂きました。。。

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