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『古事記』雑感

 

今年は『古事記』編纂1300年記念とかで、『古事記』に関する雑誌、イヴェントなどを耳にする。小生も『古事記』は好きだから、『古事記』について何か言いたい。とは言っても、小生はただの素人、フツーの愛読者にすぎないけれど。

 何から語ろう。もし『古事記』ってなあに、と問われれば、それはとても面白い物語である、と答えたい。笑いと悲哀に満ちた物語。そして日本でいちばん古い物語。神話であり歴史でもあるけれど、とにかく古代日本人が創り上げ語り継いできた物語。

 小生の知る限り、古代文学を研究する先生たちは、口をそろえて、『日本書紀』に比べて、『古事記』は文学として優れていると言っている。小生も同感だ。その意味は、全体として統一した流れがあり、語り口が自然であって巧みであり、感動させる話が豊富である。『日本書紀』はいかにも中国文献の引用を読んでいるという所が多い。嘘ではないにしても、表現が漢文の決まり文句的なところが多い。しかし、両者とも所々に歌謡が入っているが、これがいい。何度も口にしていると、スルメを噛むように味が出てくる。

 とは言っても、この文が書かれた当時、今われわれが読んでいるように読まれていたかどうかは、もちろん判らない。なにせ全部漢字で書かれているから、また現在の読みとは違った読み方が真実に近いと言われるようになるかもしれない。少なくとも当時のイントネーションは想像することもできない。

 しかし、それでいいのだ。本居宣長以来、その時その時の学者らがこう読んでいたであろうというおおよその見解に従えばいいのだ、またそうするしかないではないか。変わっていけば、それはそれでいい。万葉集もそうだが、古代文学はそうやって歴史を通して変化し創られていくものだ。

 歴史学者たちは、いったい『古事記』は何のために書かれたのか、と問う。たとえば、天武天皇あるいは他の天皇、それとも藤原不比等のようなある実力者等が、彼らの権威づけのために書かせたのだ、という。しかし、小生に言わせれば、それにしては、つまり政治的な目的にしては、面白すぎるのだ。これは『ひょっこりひょうたん島』のように面白いのである。

 それでは、当時の人たちが面白い物語を創作しようとして書いたかというと、そんなことはないような気がする。序文の太安万侶が書いた真面目な説明を信ずるなら、それは絶対にあり得ない。各氏に残る言い伝えが間違ってきているから、今のうちに正しいものを残さねばならないと天武天皇がお命じになった、とある。

 いやこの序文は偽物である、実はだいぶん後で書かれて付けられたという説も真淵以来言われている。誰か有力な後の人が、天武天皇の名を借りてこの「古る事の記(ふることのふみ)」を正統化しようとしたのだとかなんとか。だいたい、律令国家形成期にあるいは中央集権形成期に、こんな内容の書を天皇か書かせるとは変だとか。しかし、例えば昔の梅原さんのように古事記の内容までも政治的に捉えるのはどうか。

 たしかに8世紀に入る前後、いろいろな意味でいわば国家の秩序を形作ろうとした動きが顕著であった。その最たるものは平城遷都ではないだろうか。そして712年に完成した『古事記』も律令体制の整備と共に、その次に大きな国家的事業だったと思う。しかし、大事なことは『古事記』の編纂そのことであって、内容が律令体制と合わないとかいうのは、おかしなことである。

むしろ、『古事記』は律令国家に抗して!とさえ言いたい。それほど、天武天皇あるいは編纂者は、civilizationを広く見ていたと考えたい。そもそも政治といっても古代政治であり、今の政治の感覚ではない。これからというときなのである。nationstateはfolkloreなしには存立しえなかった、のではないかな。

そして、わが民族はこれほどまでに面白いお話をコアとしてもっているのだ、と考えるとうれしい。別に権威ぶることも、正道ぶることもない、神々の世界はこんなにも楽しいし、滑稽であり、悲しく、ちょっと残酷である。イザナミの命が火の神を生んで陰部に大やけどを負って死ぬ直前に、反吐を吐き、糞尿を垂らす、このおしっこから生まれた神の子が豊宇気毘売(トヨウケビメ)の神であって、伊勢の外宮に鎮座されている。この神が天照大神にお食事を差し上げていると想像すると面白い。

まあ神代の物語をいろいろに解釈したくなるし、もちろんしてもいいし、またいろいろに想像できるところが面白いけれど、今の感覚で解釈しないように注意しなければならない。その点、やはり『古事記伝』に勝るものはないように思う。宣長によると書かれた当時ですらすでに、当時の言語で脚色されている部分があることに注意を促している。

『古事記』の登場する神および人物の中で特に魅かれるのは、というか面白いのは、かなりマイナーではあるけれど、少名毘古名(スクナビコナ)神。オオクニヌシが出雲の美保岬で、さて国をどのように作ろうかと思案していたところ、海の向こうから妙ないでたちの神がやってくる、この神は神産巣日(カミムスビ)神の指からこぼれおちた神だと言う。まあ、想像するに、兄弟たちの間での落ちこぼれなんでしょうな。一人でどこか遠くの外国にふらっと行って、奇異なというか斬新な格好をして、この美保岬にやってくる。神産巣日神は「オオクニヌシを手伝って、この国を作り固めよ」と命令する。しようがないからスクナビコナは手伝うが、途中放棄して、またふらーと常世の国に行ってしまう。厭き易く放浪癖があるんでしょうな。

一般的にもっとも人気があるのは、オオクニヌシかヤマトタケルだろう。それから軽皇子。まあ、勝者や天皇ではなく、負けた英雄に心ひかれるのは、日本的心性の元型か、あるいはどこの国の人でもそうか。




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コメント

No title

Hellblauさん。お互いに忙しそうですね。こちらはそろそろ蒸し暑くなってきてます。
そうですね、どんな意図によって創られたものでも、本心がポロっと出てしますようですね。
「古事記」が古代だとすると、「万葉集」は当時の近代の第一歩って感じがします。

No title

うたのすけ殿、お久しぶりでございます、

噛めばかむほど味があるスルメのような古事記・・・Gut!

古事記と万葉集がごった煮の淡青にはこちらで
浅はかな知識の整理ができそうですわぁ~・・・笑

政治的な意図で時の権力者によって編纂されたとしても、
こういう遺産は素晴らしいと想います。

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