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藤原定家の和歌

三夕の歌の一つとして有名な定家の
 「見渡せば 花も紅葉もなかりけり 浦の苫屋の 秋の夕暮れ」
というのがありますね。ふと、これが頭に浮かんできて、いったいこの歌の心いかに?という疑問が沸いてきました。
ずっと以前は、この歌は浪花節みたいで、和歌としては最低ではないか、と思ったものでした。

しかし、考えてみると、この〈なかりけり〉というのは、仏教的な諦念、あるいは形而上学的考察を思わせないでもありません。
確かあったはずだが・・・実は何にも無かったのである。花や紅葉というのは、われわれがそう見たからそう見えたに過ぎない。そんなものは迷妄である。ただ、浦の苫屋の秋の夕暮れがあるだけである。いや、そんなものもない、そう思っているだけだ、共通の迷妄に陥っているだけだ・・。ひょっとして、この私というのも・・・・。
この世のことはみんな夢だ、そんなことは先刻承知。ならば、夢をもっと成熟させよう。天国も地獄も同じ夢。そんなことも分かっている。

・・・こんな退廃的な形而上的美とも言うべき雰囲気が、あの血を血で洗う源平の合戦に引き続き、もっと陰惨な鎌倉初期の歌人達を支配していたのではなかろうか。日本に霊性が高まり、幾多の宗教的天才が出てきたのもこのときだったということも、なんとなく頷けます。


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テーマ : 詩・和歌(短歌・俳句・川柳)など - ジャンル : 学問・文化・芸術

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