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ディキンソン著『大正天皇』4

     

「平和な大正時代」という観念を生みだした最たるものは、逆説的に第一次世界大戦への参戦であろう。これは何と言っても「史上初めて同盟国として外国の戦力と軍事行動をともにし」たことは、日本は、いじらしくも、何と誇り高い気持ちに酔ったことであろう。世界の一等国!大正天皇は外国武官たちに向かって「汝らますます奮励せよ」と励ましの言葉を述べられている。

 大戦勃発の明くる年、即位の御大礼が行われた。小生は、この年(大正4年)に発行された『御大禮記念写真帖』なる本を持っているが、目次に続いて、カラーの絵で「紫宸殿之御儀」次に「大嘗祭之御儀」それから巨大なおみこしのような「高御座」が、そして写真の最初を飾るのは「御束帯の天皇陛下」となる。解説の最初は「大禮の意義」について、その次「國體の淵源」…世界の列国中においてわが日本ほど上皇室と下人民との関係の親密なる国はない、古くは国家と書いて〈ミカド〉と読ませていたほどで、天皇すなわち国家である。…とある。

 そして、大礼では、日本史上もっとも多くの外国高官が参列し、大隈首相は「今回のごとく全世界の代表者が洩れなく集まったということはじつに世界の偉観で、わが国では空前のことであるが、東洋でもまた未曾有の盛儀である」と評し、海外でも大きく報道された。1918年にイギリスから英国陸軍元帥の名誉称号とともにガーター勲章を贈られて、重そうなマントを身に纏われた天皇の御写真を拝見すると、小生はどことなく不釣り合いというか、お似合いにならないような感じがするが…。

 東洋一といえば、1912年、東京駅が完成した。「これは最先端の建築材料を用いた、…三か所にエレヴェーターがついて、駅前の「行幸大路」には各4千燭光の光を出す〈東洋一の街灯〉が並べられ…東洋一の大建築」とうたわれた。今のスカイツリーみたいな国民的大興奮ですね。この東京駅は中央には皇室専用の出入口や貴賓室が設けられ、天皇のための駅でもあり、また公共施設でもあって、じつに「皇室と人民との接近」を顕著に示す建築物であった。

 そうして、第一次世界大戦も終わり、気が付いてみると日本は産業が大発展し、輸出は3倍に増進、交際収支は黒字化。「帝国日本はアジアの地域的強国から、初めて太平洋にも及ぶ大帝国となり、1915年の日清条約(対華21ヶ条要求)によって、中国における列強最大の権力を握るようになる。」
これはどういうことかというと、この時代「ヨーロッパの国々は次々と参戦し、日本においても戦争は広く歓迎された。」「いわゆる〈対華21ヶ条要求〉も20世紀初頭の世界において珍しいことではなく、日本は日清戦争以後列国が中国に対して求めたものを一括して要求しただけである。」

 このようなわけで、20世紀初頭、産業化にともなう大衆化の傾向に応じる、立憲君主の増大する儀式的役割を大正天皇は立派に果たした、と同時に西洋化・近代化を好まれなかった明治天皇は陰が薄くなっていったことを著者は強調している。

 
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テーマ : 歴史 - ジャンル : 学問・文化・芸術

コメント

No title

umama01さん。そうですね、成長する部分となかなか変わらない部分と見えてきますね。Jungではないですが、自分の無意識のの底には民族のそれが、さらには人類のそれがあるように思います。少なくとも日本の歴史は自分の歴史と切り離して感じることはできません。

No title

こういう徐々に強くなっていく日本とかを歴史で習うべきだと思う今日この頃。
歴史を「成長記録」と思えば、日本が今限界にいるのではなく、まだ伸びる余地があると信じれると思うんですけどね~。

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