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『宮中50年』

坊城俊良著『宮中五十年』を読んだ。
  
 著者の坊城俊良氏は、明治35年、数え年10歳のとき侍従職出仕として明治天皇に仕え、その後貞明皇后に昭和26年5月17日皇后崩御の日まで、おおよそ50年側近として仕えた。

 明治天皇、昭憲皇太后、大正天皇、貞明皇后らの「日常つぶさに拝し得た、その仁愛に満ちた憂愁の御こころを、私はここに語りたいのである」と初めに述べている坊城氏は、しかし決してこの書を自ら喜び勇んで書いたのではない。むしろ、「序」をものしている小泉信三をはじめ多くの文化人や評論家、雑誌記者たちに焚きつけられて書いたと感じられる。

 というより、坊城氏はむしろ彼らのジャーナリスティックな期待を押さえ込むために筆を取ることを決心したように感じられ、小生にはその点が面白い。語り口は淡々としていて、自分がじかに触れたこと、そのとき感じたことのみを語り、余計な敷衍を行わないよう注意している姿勢がよく判る。したがって大部な本ではない。

 十代の坊城氏にとって明治帝はとくに印象深いようだ。「子供心に仰ぎみた明治天皇は、非常に厳格かつきちょう面な方で、一度言いつけられたことは二度とは言われず、聞き返すことはいけないことだった。そのかわり大きなお声で、ハッキリお言いつけになった。あいまいなことがお嫌いであった。その反面、とても思いやり深く小さなことにお気づきになった。私がその頃からだが弱く、痩せていたのをお気にかけられて、折にふれてはいろいろ御馳走をいただいたものである。新宿御苑でできた馬鈴薯などもしばしばいただいた。きちょう面な御性格の現れとして、御座所におかけになる掛軸や刀剣など、多数の目録をはじめ、書籍・書類の目録も大きなものを身辺に備えられ、ちゃんと御記憶されていて、どこそこにこれがあるから持って来いとお言いつけになった。事実その通り一度も間違いはなかった。」

 「私が15歳のとき、はじめて馬に乗れといわれた。このことあるを予期して多少の心得は用意していたので、どんな馬を与えられるかと思ったら、一番おとなしい、あまり動かない、安全第一の〈鬼石〉という馬に乗れと言われた。名は強そうな〈鬼石〉だが、おとなしすぎて面白くない馬だ。この馬に半年ばかり乗せられた。・・・その後にようやく、も少し鋭敏な馬に乗せられた。」

 「夜の、おひまで御機嫌のいい時には、大きなお声で琵琶歌を歌っておられることがあった。・・・声を張り上げて堂々とお歌いになるのだが、決してお上手だとは思えなかった。」

 「大帝は、暴風雨のときなど、奥御所の南向の戸・障子が今にも吹き飛びそうになって、弓のように反り返るようなこともあったが、私たち奉仕の子供を指揮して、あそこを閉めろ、ここを押さえろ、とおん自らいろいろ対策を施しになった。もっとひどい嵐のときなど、子供では吹き飛ばされそうになるのだが、お前はその戸を押さえておれーといわれ、一生懸命押さえていたこともあった。そういう場の陛下は、ちっとも苦にされているのでなく、むしろ面白がっていられるようにお見受けした。」

 まあ、こんな調子で、人間天皇の傍で接した人の思い出話を聞くのが愉快である。大正天皇に関してももちろん面白い。側近や拝謁者があると大正帝は、愛用の煙草を適当にワシづかみにして下賜された。そのようなお気軽な御親切を軽々しいと、伊藤公や山県公は申し上げるが、これこそ大正帝のいいところではないか、と坊城氏は述べる。初めて聞く面白いエピソードがいろいろあるが、切りがないから挙げない。

 「終戦後、占領政策の要請とかで、わざわざ〈人間天皇〉の御宣言があったが、私たちからいわせると、不思議でもあれば不可解でもある。大正天皇のごときは、もっとも人間的な、しかも温情あふるる親切な天皇であられた。」そして、総ての天皇は生まれた時から人間である。

 あとがきで、記者の角田という人が書いていることだが、角田氏が坊城氏に近代日本の悲惨と明治の精神に関連して話してほしいと頼んだところ、坊城氏は、きっぱり断って曰く、「最初に申し上げたように、私の直接知っていること以外は、付焼刃で申し上げることはできません。私は表御殿のこと、政治向きのことなど一切知りもせず、知ってもならぬ単なるお側仕えでした。その後に、いろいろ見たり聞いたりしたことはあっても、それは私の責任で申し上げることではない。」


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テーマ : 文明・文化&思想 - ジャンル : 学問・文化・芸術

コメント

No title

umama01さん。そうですね、明治天皇のこのような姿を垣間見せてくれる本は少ないようです。武家政権から明治維新、そして戦前と戦後、それぞれ時代に応じて、天皇像(役割)が作られてきてますが、それはそれとして、天皇のみならず皇室の方々の人間として生きておられる姿には共感してしまうことがよくあります。

No title

こういう天皇がたの人間味に言及されている本というのは、非常に珍しいような。。。
歌があまり上手くないの件は、つい苦笑してしまいました。。。

逆を言えば、そういう普通の人が天皇という務めに一生を捧げてくれているお蔭で、我々は天皇というシステムの様々な恩恵をいただいている訳で。
そのことを肝に銘じる上では、人間天皇の宣誓というのは決して悪いものではないと思います。
天皇陛下を侮辱したり不要論を唱える連中にとっては、そういう敬意ってのは理解できないのでしょうけれども。

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まとめ【『宮中50年』】

坊城俊良著『宮中五十年』を読んだ。   著者の坊城俊良氏は、明治35年、数え年10歳のとき侍従職出仕と
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