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憲法九条とキリスト教

憲法第九条を守ろうと言う人は、とにかく外国との付き合いは、仲良くなるのが一番、対立してもあくまで外交努力でいくべきで、軍事力で脅すようなことはいけない、なんとなれば、それはそれは結局戦争を誘発するからである、と言う。
しかし、小生は軍事力も外交の一手段だと思う。そして、戦争は起こるときには起こるものだ、と思う。

ところで、とにかく外国と仲良くすべきで、軍事で脅しをかけるべきではない、という人に尋ねたい。誰とでも仲良くし、分かり合える、ということが常に出来るだろうか。それが出来ないからこそ、この世は難しいのではないのかな。それが出来るという人でも隣地との境界争いはするはずだ。あるいはそういう人にかぎって年金が減らされたと言って目くじらを立てるのではないかな。個人が争う場は裁判所がある、しかし国家間では裁判所がなかなか有効に働かないことが多いのではないか。少なくとも厳正中立っていうのが難しい、というより、そんなのあるのかな?

よく言われるように、少なくとも地続きの他国のように血を地で洗うたえざる争いが、日本には無かった。太平の眠りは徳川250年だけではない、眠りはもっと長かった。そのお蔭で独特の性格を形成した。もちろん、この性格の良い面もあるし悪い面もあるだろう。どの国においてもあるように。
ついこの間、150年ほど前から、諸外国と本格的に付き合うようになって、どうも日本人は極端に走る傾向が明らかになったと思う。戦時中は一億総玉砕、敗戦後は軍隊なき国をなどと極論を口にしてしまう日本人は、いずれも子供らしく、空想的だと感じる。

それに引きかえ、オバマ氏の演説にも伺えるように、二千年の絶え間ない戦争とキリスト教の伝統で育った欧米人は、自分を含むすべての人間や国家のエゴイズムは否定しない、生物としてのエゴイズムのどうしようもなさが腹に入っている。しかし、と言うより、だからこそ同時に崇高な理想を胸に懐いているものだ。
軍事力と聖書とを併せ持つ苦悩と不思議を理解することが、成熟した大人への一歩だと感じる。
それに対して、「世の中は簡単だ.みんなと仲良くすればいいのだ」「こちらが戦力を放棄すれば、相手に誠意が通じる」などと言う人は、子供のようにまだ眠っている人だ、あるいは、飛び切りの聖人だ。


                          
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テーマ : 文明・文化&思想 - ジャンル : 学問・文化・芸術

コメント

闘争本能


そうですね。全生物のうち人間がもっとも闘争本能にあふれていると感じます。他の生き物は、生存のために、必要最小限の戦いをしますが、人間は遊戯として、暇つぶしとして、戦いをしますね。

No title

同感です。民族・国家間の争い、人類始まっていらい歴史の中で耐えたことはありません。結局自分たちの遺伝子をより多く次の世代に受けわたすことが生物としてプログラムされているんですね。

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