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和歌の始まり

いったい和歌はいつごろ始まったのだろう。あるいは、問い方を変えて、これが和歌だと定義されたのは何時なのだろう。いちおう公式見解は、スサノヲ命が歌った、

 八雲立つ 出雲八重垣 妻籠みに 
     八重垣作る その八重垣を

 ということが、歌の始まりということになっています。これはヤマタノオロチをやっつけたスサノヲが出雲の須賀という所に、救った娘クシナダヒメと住むための宮を作った時の歌ですね。

 たしかに『古事記』では、「その歌に曰りたまはく、八雲立つ・・・」とありますから、これが歌と記載された最初なんでしょう。

 和歌の何たるかに、もっとも先鋭な意識を向けたのが『古今和歌集』の仮名序で、これ「やまと歌は、人の心を種として、万の言の葉とぞなれりける」で始まる、おそらく、芭蕉の「月日は百代の過客にして…」とともに名文として高校の教科書に載っていて、たいていの日本人は知っているのでは?

 この仮名序の第二段落に、「この歌、天地のひらけ初まりける時よりいでにけり」とあります。これは、スサノヲ命よりもっと前の話、イザナギ・イザナミの二神が国生みをする時、「あなにやしえをとこを」「あなにやしえをとめを」と言って失敗して、言い順を変えて言ったら大成功のお話がありましたね。この「なんとまあいい男!」「なんとまあいい女!」と言いあった、その二神唱和が歌の最初だということですね。宣長もそれに賛意を表明しています。

 べつに『古事記』には、歌ったとも唱和したとも書いていないですが、仮名序ではこれが歌だとしているのですね。おそらくその訳は、もう一度初めの段落にもどると、その最後に「目に見えぬ鬼神をもあはれと思はせ、男女の中をも和らげ、猛きもののふの心をも慰むるは歌なり。」とあるところをみれば、イザナキ・イザナミ二神を惹きつけ合った言葉は、すでに歌であったと考えたのでしょう。

 しかし、引き続いてこう書いてあります。

「しかあれども、世に伝はることは、久方の天にしては下照姫に始まり、」

 下照姫は、アマテラス・タカミムイスビを中心とする八百万神連合軍が、地上のオオクニヌシを攻略しようとする時に出てくる姫。この姫が歌ったのが、

 「天なるや 弟たちばなの 項がせる 玉の御統(みすまる) 御統に 穴玉はや み谷 二渡らす 阿治志貴 高日子根神そ とうたひき。この歌は夷振(ひなぶり)なり。」と書かれています。



つまり、形はどうあれ歌である、ということです。これ『古事記』では6番目の歌謡となっていますが、『書紀』では2番目(一番目は、八雲立つ)となってますから、この仮名序は『日本書紀』をベースにしています。やはり『書紀』が正史だったんでしょうね。

 さらに続けて、

 「あらかねの地にしては、スサノヲ命よりぞ起こりける。ちはやぶる神代には、歌の文字も定まらず、素直にして、言の心わきがたかりけらし。人の世となりて、スサノヲ命よりぞ三十文字あまり一文字はよみける。」

 この31文字、すなわち57577の形式になって、〈コトバの心をわく〉ことができるようになった。そしてついに、

 「花をめで、鳥をうらやみ、霞をあはれび、露をかなしぶ心・言葉多く、さまざまになりにける。」そして、それがかかわるジャンルは飛躍的に伸びていったと書いてあります。

 まさに、これが、この31文字が、その後の和歌を規定し、この規定によって、歌人は、物事の、それはまた心の、微妙深淵なる曲折を分別することができるようになった、ということでしょう。ここに、意(こころ)=事=言(コトバ)という思想の萌芽が見えるように思われませんか。

 しかし、いっぽう、この規定が発展するところ、ややもすれば逆に歌人の心を縛って、歌を硬直化させることになって、例えば〈古今伝授〉なる秘技が、とにかく有り難がられることにもなったですね。

 そういった時代が長く続いたのち、江戸時代に入って、ふたたび和歌というものにたいする反省が強く起こった。これについては、よく調べてから、また書きたく思っています。



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テーマ : 日本文化 - ジャンル : 学問・文化・芸術

コメント

No title

未見太郎さん。応募したとはすごい!小生も一度挑戦したいとは考えたことがありますが、そういうときに限って、なかなかこれぞと思うものが作れんです。
31文字が基調ですが、そればかりでは単調になってしまい、ときには破格が必要ですね。

No title

umama01さん。そうであればこそ、国語は大事ですね。自然に変化、消長するのは当然ですが、役人らが勝手に国語国字を変えるのは気に食わないですね。今の若い子らの歌の中にも日本語が息づいているのを感じます。そうそう変わらんですね。

No title

今日のニュースに12歳の男の子が、新年の歌会始に入選したとありました。難解な解説など分からない幼い時からでも、31文字の、言の葉のゲームとして、日本の文化を継承するいい話題でした。
ちなみに私は昭和56年に、お題(音)に応募しましたが、見事
落選・・・・ああ恥ずかしい!

No title

一番恐ろしいのは、その歌が今でも通用する……意味が分かるというところでしょうか??
もしかしたら、どこかで一度変遷があったのかもしれませんし、文字だって昔の漢字を当てていた訳ですが。
やっぱり文献が残る、文化が続くって良いことなんだなぁと何となく古のご先祖様に感謝をしつつ。

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