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貞明皇后御歌8

 

1909年(明治42年)

     雪中松 御歌会始
 風もなくふる白雪をうけてたつ
   松のこころやしづけかるらむ

     橋本綱常の身まかりぬとききて
 去年のくれあひしをつひのわかれとは
   思はざりしをあはれ人の世

 橋本綱常は陸軍軍医総監で、橋本左内の弟。この歌業平くずれ。

    雪降らば訪はむと契りおきし人の来ざりければ
 ゆきよりも人の心のあさけれや
   日ぐらしまてどかげの見えこぬ

 かなりの御怒り、来ないのは誰?

 八十歳にまれる師の三島中洲の雪ふれる朝とくより教へにとて来たりければあたたかなるものにてもつかはさむとかと思ひて
 いかにせばけふの寒さを老が身に
   おぼえぬまでになしえらるべき

 三島中洲は嘉仁皇太子の漢詩の先生。このころ夫君と一緒に詩作の教えを請うたのでしょう。立派な老先生と思いやりのある生徒。そうえいば、皇太子が20歳くらいのとき、70歳のこの老臣先生と布引の滝をみに行った時、皇太子の御詩に、「…われ時に戯れに老臣の腰を推す、老臣柿をくらひてわづかに渇きをいやし…」というのがあります。老先生にとって、皇太子は、恐れ多くも、かわいく無邪気な、そしてふしぎな詩魂をもった少年に映っていたのではないでしょうか。

    暮春(一部漢字に変換、今後も同様御免)
 惜しむかひなしとは知れどくれてゆく
   春の空こそながめられけれ

 空のうみ月のみふねのゆく方に
   白なみなしてよするうきぐも

 人みなはききつといふを時鳥
   わがためなどか声をしむらむ

   初秋風
 このあした桐の一葉のちるみれば
   はや秋風のたちそめぬらし

 これ「目にはさやかにみえねども」の逆感覚を行く歌ですね。

   逗子よりかへるみちにて
 みちすがらなみだにくるるけふの旅
   みこの一声耳にのこりて

 人生とは切ないもの…。

ところで、この秋10月、ハルピン駅で伊藤博文が暗殺されます。真犯人は安重根ではなさそうですね。そして伊藤はむしろ融和派だった。それなのに安は韓国では英雄となってますね。韓国にとって、歴史の委細はどうでもよく、ただ日本要人を撃った。よくやった。となるんでしょうね。

    冬夕
 いでなむとおもふも寒き夕ぐれに
   いとどふきそふ木枯の風

 人のこころのいかにぞやと思はるるふしあれどわれだに思ふやうにはなりがてなるに
 人の上をさのみはいはじわが身すら
   わが心にもまかせぬものを

 天使のような夫君と旧習墨守の女官たち、そして皇室を取り巻く公侯伯子男の妖怪たちの中にあって、節子妃はどのような心持ちでおられたのか。

     神祇
 一すぢにまことをもちてつかへなば
   神もよそにはいかで見まさむ

 こう歌うより他はないではないか。


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