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大正天皇 7

大正天皇最後の御製

 神まつる わが白妙の 袖の上に
    かつうすれ行く みあかしのかげ

 これは社頭暁と題された、天皇最後の絶唱である。灯明の光が、朝明けにすこしずつ薄らいでいく・・・。大正十年、皇太子が摂政に就き、天皇はいわば廃人として表舞台から引きこめられる。人間として必要なあらゆる脳力がしだいに凋落していく自分を、そして自分の存在の消失と共に一つの時代の消失を予告する、あまりにも明瞭な意識がわれわれを驚かす。

 大正天皇の御製の美しさは、私に伝統というものの強さを思いおこさせずにはいない。この光は近代日本を根底から照らし出す。

 省みれば、つい先日ペリー来航の日、わが国は西洋列強の文明に腰を抜かした。明治という時代はあげて不平等条約改正のために奔走したといても言い過ぎではない。明治天皇は、国のために働く兵士の純粋さに感動し己を安逸贅沢から身を守った。己の態度が国家の統一に重要であると自覚し、君主としての自身の役割を果たした。富国強兵のあの時代に相応しいストイックな立派な人物であった。

 日露戦争に勝利した日本は、世界の一等国の末席を占めるに至り、さてここから世界史の凄まじい本流に組み込まれていく。必然的な重工業の発達と軍事政策の手練手管の真っ只中に、ある日突然、病気がちで青白い顔をした、単純で無防備な青年が玉座にちょこんと座っていた。一般国民の無意識の天皇崇敬の念は、それを見て驚愕するほど、浅いものではなかった。だが、宮廷および政府要人はそうではなかった。彼らの頭の中にある〈立派な天皇〉に何とか矯正しようと試みたが、この青年の性格はそんな生易しいものではなかった。それで、彼らは今度は、此の青年天皇の純朴さをむしろ国民の前で演出し、政治の権謀術数に利用した。

 やがて病気に陥った天皇を彼らは巧みに隠蔽し、否定しつつ、天皇を反面教師として、〈立派な〉、欧米のマナーを身に付けた、新しい天皇を用意した。手続きは完璧であった。そして昭和天皇は、彼らの意図したよりも遥かに優れたお方であった。やがて、わが国始まって以来の大悲劇がやってくる。全土は焼かれ、外国人による占領統治が始まった。ここに、昭和時代を通して、わが国の〈みやび〉が最高度に発揮され、終焉を迎える。私は、日本近代史を通覧する毎に、日本国民全体がそれを希んだような気がしてならない。

 それはともかく、明治、大正、昭和と三代の天皇を比較してみるとき、大正時代は実際短かったし、大正天皇は、時代の前面に現れた二人の偉大な天皇の岩陰に咲く小さな目立たない花のような存在である。だが、もうちょっと近寄ってみると、此の病弱で不思議に軽い天皇の純朴、率直な御態度と詞華集の中のいくつかは、わが国の万葉集以来の和歌の伝統の源泉にもっとも近く繋がっている、と感じる。それは、自然と心と言葉が未分化であるようなあるものだ。もちろん明治天皇も昭和天皇も当然沢山の、大正天皇よりも多く、和歌を残してはいる。しかし、其の調べは民を思う心には溢れてはいるが、そこにあるのは優れた王者としての無私である。大正天皇の無私とは全然異質なものだ。たとえて言えば、人を小ばかにしたようにしゃべりまくる少年モーツアルトの音楽がわれわれを深く感動させるようなものだ。その技巧は余りにも自然である。此の大正天皇の心が発している光が、わが国近代史を照らすとき、幕末以来のわが国の歩みそのものが、悲しいが美しい自然な音楽のように、繰り返し、聴く人の心に語りかけてくる。あるいは美しい一枚の絵のように見えてくる。いわばこの非政治的な魂が、政治をも包含する歴史の運動を肯定し、納得させ、共感させるように働く。政治がどれほど現実に力を持とうが、文化がなければ、それが意味を持つことはできないのである。




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