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貞明皇后御歌13

 大正の御代となって、明治天皇の場合と異なり、行幸は軍事行幸をのぞいて皇后同伴となったというが、どうしてそうなったのか、いったい誰の意思によるものか、はなはだ興味のあるところだ。時代の要請―すなわち、マスメディア? 政府? あるいは天皇・皇后?

 青山御所から宮城にお移りになった新両陛下は、今までとは違った雰囲気でご起居することとなった。ここでは旧習が頑として支配していた。女官たちは三倍にも増え、萬里小路幸子のような年長女官は、立ち居振る舞い、話し方、眼の動かし方一つに至るまで厳しくチェックするのだった。

 29歳の新皇后は、そのような宮中の伝統・習慣は、そのまま受け入れようとしたようだが、また一方、明治天皇とは違ったやり方をしようとする大正天皇と歩調を合わせていこうとも心を配った。天皇家御一家が〈家庭の団欒〉を楽しむ時は、居合わせた女官たちもいっしょに楽しむことができた。

 大正3年の御歌から

    春雪
 降りつもる雪のしたよりとけそめて
   はるをささやく軒の玉水


    雪中松
 一つ松こよひは雪につつまれて
   冬の寒さもしらずがほなり


 この年(1914年)4月昭憲皇太后(明治天皇妃)崩御

    落花
 ふくかぜはさそひそめけりさくら花
   うつろふいろもいまだ見えぬに


そして、7月、第一次世界大戦勃発

    宣戦布告のありて後おこなはれける提灯行列を
 万代のこゑにぞしるきまごころの
   あかきほかげは目に見ざれども


    10月31日天長節祝日に我が攻囲軍の今晩より一斉に砲撃を開始しける由の号外をみて
 おほきみのみいつのもとに軍人(いくさびと)
   かちどきあげむ時ちかづきぬ

        みいつ(御稜威)とは御威勢のこと

    11月7日青島の陥落しける由をききて
 日のもとにたふときものは大君の
   みいつと神のまもりなりけり

   

  

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テーマ : 歴史 - ジャンル : 学問・文化・芸術

コメント

No title

umama01さん、まあ戦意高揚歌も自然な気持ちから出たものだと思いますが、平和時の我々から見るとつまらないですね。

No title

 やっぱりこの方はのんびりと自然をありのままに詠った歌が似合っている気がする今日この頃。
 戦争とか国威を詠う歌よりも、生き生きとしている気が……

No title

仏教についてのおもしろいお話があります。
以下のサイトをクリックしてください。

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