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『福翁自伝』

 久しぶりに面白い本を読んだ。この本を一言で要約することができる。それは、〈自分はこんな風な男で、こんな風に生きてきた〉となる。と言うと、「そんなの要約になってないし、すべての自伝はそういうものではないか」と言われること請け合いではあるが、なるほどそんな要約は何の意味もない、理屈としては。

 しかし、それは理屈ではないのであって、内容がどうこうというより、自分はこんなふうな人間だと静かに語る福沢諭吉の、しかし結果として時代に対して灼熱の思いが一個の作品からほとばしり出ている。それにつけ思いだされるのは、デカルトの『方法序説』であって、この序説は何よりも〈自分はこのように考えた〉という叫びであり、小生の耳にはまだその叫びがありありと残っている。

 〈自分はこんな風に生きてきた〉というのは、誰でも言うことができる。しかし、諭吉のその言には気負ったところが少しもない。ただ自分の気質に従って素直に、また時々の状況に応じて工夫を凝らして生きてきたら、こうなってしまった、と淡々と述べられていて、優越感や劣等感のかけらもない。

 じつに人は、生まれもった性質と子供時代の環境とからなるものだと感じる。生まれながらに身分が決まっていた江戸時代、諭吉の父は漢学をよくするも不本意ながら小役人に甘んじねばならなかった。末っ子であった諭吉には何とか出世しえる道として僧侶にしようとしたらしい、諭吉は父のその深い愛情を思っては、封建の門閥制度に対する激しい憤りを感じた。そして、自分はどうにかしてそんながんじがらめの世間を離れたいと思っていた。

 母はまた、人の上下をあまり意識することなく、誰とでも付き合えた人であった。中津の町に気ちがいの乞食女がいた。汚くて臭くて、着物はボロボロで、ボウボウの髪の毛にはシラミがいっぱい湧いていた。その女を母は、しばしば自宅の庭に座らせ、シラミを取る、そしてそれを石で潰す仕事を嫌がる諭吉にさせる、そしてシラミを取らせてくれた褒美に、その女にご飯をやる。そのような人であった。

 諭吉は子供のころから、神様や仏様がエライとも恐いとも感じたことがなかった。村人が崇める神社の中の石を取り出し、他の石を入れておいた。お祭りにその神社に神酒をあげて拝んでいる、彼はそれがおかしくてしようがない、「ばかな奴らだ」。それで、べつに神罰が当たるわけではなし、祟りがあるわけではなし。
 
 ちょうどペリーが来た頃、彼は長崎に行った。そこで偶然、オランダ語を知った。彼は語学に関して非常に吞みこみが速かった。それから、23歳にして大阪で緒方洪庵塾の塾生となって、オランダ語の書物を仲間たちと読みあさった。そこでは大酒を飲むとかとにかく若気の至りを尽くした。しかし、そこでの勉強は猛烈なもので、昼夜の区別なく、机に向かい、眠くなったらそのまま机にもたれるか、ひっくり返って眠った。したがって、ちゃんと布団に入って枕をして寝たことは一度もなかったそうだ。

 今のように、外国の本をそうそうお目にかかることはなかったから、新しい原書を誰かから借りることができると、それを塾生が分担して、大急ぎで書き写した。みな勉強に飢えていて、オランダ語の書物とみれば喉から手が出る思いであった。科学技術の本を読んでは、それを自分たちも実験しないではおれなかった。とにかく、みな西洋の知識を得るのが楽しくてしようがなかった。

 この自伝を書いた64歳の諭吉は、その若いころを思い出し、今の書生は勉強しても、自分の将来を、つまり出世することや金持ちになる方法などに心が向いているのではないか、それでは真の勉強はできないと思う、と言っている。

 25歳に江戸に出た。そのとき横浜に立ち寄ったところ、外国人の店の看板が読めない、どうもそれは英語らしい。今まで必死に勉強してきたのが役に立たぬとは、と落胆の極み、しかしこれからはどうも英語が必要な時代らしい、よしこれからは英語を勉強しようと、まず教師を探し、…後は推して知るべし。

 彼は、時の窮屈な封建門閥制度が大嫌いで、徳川幕府なんぞ早く倒れればいいと思っていたけれど、また、倒幕派のこちこちの尊攘派にもすこしも頼むところもなかった。明治になって、心おきなく翻訳著述など出来るようになって、時代が変わって結構だと言っている一方、新政府の役人たちも、裕福になって下の者を見下し、威張り散らしているのは、何の事はない、あの上士下士の時代と少しも変わっていないではないか、これじゃ文明開化はほど遠い。

 彼の有名な「一身独立、一国独立」という言葉は誤解されやすい。彼は、誰も偉いと思わぬ代りに、誰も軽蔑しない。『学問のすすめ』や『文明論之概略』もそれぞれいいけれど、その因ってきたる源泉の感情、他に代えようがない独特の風のような人格的味わいを知るには、『福翁自伝』に勝るものはないと感じた。



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コメント

No title

umama01さん。知識は結局知識にしかすぎませんね。本やwikipediaにたんとあります。知性は知性にしかすぎませんしね。人を魅力的にするのは、たとえば素直さとか勇気とか・・・。
学校の意義とは、先生や友人とかの出会いの場ではないかと思います。

No title

 そうですよね~。
 覚えるのが勉強ではなく、知りたいことをただ知りたいと思う心に任せて学ぶことこそが勉強ですよね~。
 と、学校学問に首を傾げ続けた十代を思い出しつつ。。。
 いや、そういう「知りたいことを学ぶ基礎」こそ、学校教育の詰め込みなのでしょうけれども……そればかりで人生を評価しようとする学歴社会は未だにどうも好きになれません。

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