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メソポタミア粘土板1

 大英博物館のディレクターであるMac Gregor氏の手になる『A History of the world』を読んだ。これは大英博物館の収蔵品から百個選んで、それぞれにまつわる話が書かれている。その中の一つ、メソポタミア粘土板についての部分、ほんの5ページを占めるにすぎないが、なかなか面白かったので紹介しよう。

 関心のある方は、すでに御承知だと思う。この粘土板は、いまのイラク北部にあった、古代都市ニネヴから出土したもので、紀元前7世紀ごろつくられたそうだ。大きさは約15 cm四方の大きく割れた一断片で、隅は欠けている。同じような大小の粘土板断片が、大英博物館にはおよそ十三万個あるというから、驚きだ。もちろん、ただの粘土板と思ってはいけない、紙もパピルスもなかったこの地においては、粘土板は書きしるすためのノートである。書かれている文字は、例の楔形文字である。
 
 1870年ころ大英博物館の近くに印刷会社があった。そこで見習い士として働いていたジョージ・スミス君は、ランチタイムになると決まって博物館に足を運んでいたんだ。そこで古代メソポタミア粘土板に出会った。そしてなぜかこれに魅惑され、彼は楔形文字を勉強し読めるようになった。これぞ運命の出会いと言うべきだな。

 ある日、かれはこの小さな板片を読んで、はっと息をのむ。ここに書かれているのは、あの〈ノアの箱舟の話〉ではないか。なんでこの話が、大昔のメソポタミアの地に! 茫然自失の後、彼は狂喜のあまり服を脱ぎ捨てて叫んだ、「僕こそ、忘れられた2000年の後にこれを読んだ最初の人間だ!」

 彼の発見が世界に与えた衝撃はいかなるものか。当時のヨーロッパの情況を想像するに、18世紀の啓蒙主義を通り抜け、フランス革命も産業革命も遠い昔、いまや近代理性の時代であって、「神は死んだ」とさえ口走る哲学者が出た時だ。とはいうものの、人間の起源に関しては、一般の頭の中を占めていたものはまだ聖書
の教えだったんだな。

 1859年、ダーウインが『種の起源』を発表したとき、笑いと怒りとが渦巻いた。「えー?人間が猿から分化してきたんだって!笑っちゃうじゃないか。聖書にはちゃんと書いてあるぜ〈人間は神によって創られた〉って」。『聖書』を啓示の書として文字通り信じる立場の人にとって、進化論は悪魔的空想であったろう。しかし理性の進行はとどめようもなかった。

 そのような時である、スミス君の発見が世に出たのは。『聖書』(旧約)が書かれたのより400年も前にすでにメソポタミア粘土板に、非常によく似た大洪水と箱船の話が書かれていたとは、驚くじゃないか。

 で、この事実は何を意味するのか。『聖書』原理主義者の一部の人は、「どうだ。この発見で聖書の正しさが証明された」と喜ぶ、しかし多くの人は、それはすべてただの伝説―大洪水を基とした作り話じゃないのか、と考えた。しかし、同じ中東とはいえ、かなり離れたところに、同じ話が、しかも400年の時を隔てて書かれたということは、それらが共通の記憶となる、核となる事実がもともと遥か昔にあった、そしてそれが口承で、あるいは書かれたものとして伝わっていったか。

 ところで、スミス君の発見した粘土板に書かれている物語は、じつは、『ギルガメシュ叙事詩』っていう、ドラゴンクエストかスターウオーズみたいな(よく知らないけれど)、ある英雄が理想郷をもとめて様々な困難を乗り越えてゆく物語の一部(第7章)だということがのちに判ったのだ。

 つまりこういうことにならないか。大洪水と箱船の伝説が、太古の昔からあの中東辺りにあった。アッシリアの(メソポタミアの)人々は、自分たちの英雄冒険物語の中に、その伝説を組み込んだ。いっぽう、苦悩を愛するユダヤ人たちが、自分たちの物語を作るにおいて、洪水伝説をあのように、つまり『旧約』的神の罰として組み込んだ。それは大いにありそうだ、『日本書紀』を読んでいても、あちこちの話を時代に関係なしに、引用しているのが明らかだし、『古事記』もきっと太古の話を、稗田阿礼の記憶で、とは言っても記憶とは創られるものだから、組み合わせているのだろうな。

 それで、この著者MacGregor氏が強調していることは、人類初の叙事詩『ギルガメシュ叙事詩』が書かれたということは、人間の歴史においてのターニングポイントとなる、ということなんだ。

 つまり紀元前3000年以前、中東で文字が発明されたが、それは初めは賃金支払いだの租税だのの記録として、実用のためだった。しかし紀元前2000年頃からこのような英雄叙事詩が、つまり英雄の希望や恐れなどが洗練された形で、書きとめられ始め、それがその地域の人々に共有され、さらに他地域の言語に翻訳され広がっていった。それはホメロスやアラビアンナイトに通じる〈文学〉の誕生であった。事実を記録する手段としての書き言葉が、観念の世界を探求する手段となった、と。


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