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『吉田兼好とは…』

大野芳著『吉田兼好とは誰だったのか』を読んだ。

 『徒然草』の一文も読んだことがないという人も少ないに違いない。学校の教科書なんかに出てくるし、「つれづれなるままに・・・」なんて文句も人口に膾炙しているし。しかし全文に目を通した人も少ないに違いない。いや半分は読んだという人も小生は知らない。

 かくいう小生も、つれづれなるままにちょいちょいとつまみ食いをしたことぐらいしか思い出せない。いつかちゃんと読もうと漠然と思いつつ何年も経ってしまった。兼好さんに言わせると、そうやって歳を取り、気が付いたら何もせずに一生を過してしまうよ、ということになろう。

 『徒然草』すらちゃんと読んでないのに、どうしてこの本を読んだかというと、著者にもらったからで、もらった以上読まねばなるまい。ちょっと暇をついて読んでみようと軽く考えていたら、参った。何と言っても、小生には背景知識が不足している。それで、時代が前後したり、当時の幕府やら御家人やら公家らの名前が大勢出てくるので、とにかく、年表と人物表を傍らにおいておかないと、解らなくなる。

 それでも、読み進むうちに、なるほど兼好さんは、こういう生まれであり、こういう時代に生きて、こういう人とかくかくの関係があり、こういう人に仕え、それでこのような文章を書き散らしていたのであり、そののち正徹さんとかいう人が、まとめて製本したんだな、ということが解った。

 この書は、林瑞栄という人の『兼好発掘』という本が、学界から叩かれ、埋もれていたところを、著者が読み、共感した所から始まる。細かい内容は述べないが、兼好がものを書き始めたのは、彼が仕えていた堀川家の御曹司のいわば教育のためであった。

 これを読んでパッと目が開かれた人も多いのではないかと思う。小生は、『徒然草』が『神皇正統記』とほぼ同時代に書かれたことに感動する、つまりあの時代の日本の文化の層の厚さってことに。

 そしてあの後醍醐天皇前後の動乱を、吉田兼好は彼一流の諦念とリアリズムをもって生きた証ではないのかな『徒然草』は、なんて想像する。そうするとどうしても西行を連想してしまう。すると小生は兼好の和歌集が読みたくてたまらなくなった。さっそくアマゾンで『兼好法師家集』を注文した。

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