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『古事記』編纂

今年の式年遷宮は、えらくメディアが騒ぎ立てて、おかげでお伊勢さんも大繁盛、けっこうけっこう。天照大神も何のこっちゃと、またこちらをそっと覗き見したいとおもほしめしたのでは。

あの神韻縹渺たる遷御の儀。あ~ぁ、その場に居あわせたかったなぁ。一ヶ月くらい前、見物できないかと電話で訊いたら、その夜は誰も入れません、とのことであった。しかし、じっさいは、三千人の特別参拝者が見守ったとあるじゃないか。この時ばかりは、政財界の大物とか有名文化人とか多額の寄付者とかが羨ましかったなぁ。小生おさない時分から何の才なく怠け者で、出世できなかったのが運の尽き。

 ところで何故20年ごとに新しい宮を建てるようになったのといえば、持統天皇がそうお命じになったとか。ある先生が仰るところによると、そのころすでに法隆寺は建っていた。それは新建築で、礎石の上に建っている。ところが、神宮はあえて旧様式の掘立柱だ。わが天皇家は最高神アマテラスの子孫である、蘇我氏や物部氏や大伴氏や・・・そんじょそこらの豪族とは違う、最も古くから伝わる高貴な氏族である、と宣言するには、古い様式で立派な宮を建てる必要があった。しかし、この柱の根は腐る、ゆえに20年ごとに建て替えよと。

 ほぼ権力を掌握し、大宝律令、平城遷都を終えてもなお戦争や革命がないとはいえない。力によらずして、権威でもって権力を確実化しなければならない。『古事記』が書かれなければならなかった所以であったと。

 なんじゃ『古事記』はそんなものかと言うことなかれ。天皇家の正統性を否定する者に対して、小生は言いたい、それならあれに匹敵するような作品を作ってみろ、と。

 日本には縄文の昔から、いろいろなお話が伝わっていたであろう。それらを基としてあのような物語を創ったその作話術、創造力、これは文化を生きるべき人間に備わった最高の威力、すなわち権威ではなかろうか。

 『日本書紀』が編纂されのが、『古事記』の8年後ということに、小生は意味を感じてならない。『日本書紀』の、少なくとも〈一書に曰く〉が多く見られる神代の部分、あるいはもっと後の部分まで書紀は『古事記』の創作ノートなのではなかろうか。

 一作品が出来上がってしまえば、それまで集めた多くの基礎資料は捨ててもいい、とは思えど、やはりもったいない、これも残しておけ、として残ったのが『書紀』の、少なくとも前半のような気がする。だからこそ、『書紀』は『古事記』研究に大いに役立つんだ。と言えば言いすぎかな。・・・仏教伝来の欽明天皇以降の『書紀』の充実に対して、『古事記』はあまりにも素っ気ないしね。


 

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テーマ : 日本文化 - ジャンル : 学問・文化・芸術

コメント

No title

未見太郎さん、共感いただいて、心強いです。誰が書いたのかは諸説があって、それはそれで面白いと感じますが、たしかに、誰かが話し、誰画が書いたことはたしかですから、まあ、稗田さんとオオノさんとしといてもいっこうに構わないと思います。
面白く、また悲哀に満ちた物語でしょう。

No title

 今日の内容とても共感します。
お話し創りが、力によらず文化を生きる人間の最高の威力(特権)であるという部分で・・・。

抜群の暗記、伝承力を持った稗田阿礼さんが、太安万侶氏にきかせて、それを物語りにまとめてできたものが古事記ということらしいですが、ま、そんな研究はお勉強家たちにお任せして。

私は口語体で読んだ、雄略天皇と赤猪子のエピソードに、アッハハーと笑ったあと、ホロリとさせられ楽しんでいます。年をとりました。

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