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兼好法師和歌1

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『兼好法師集』にこんな詞書のついた歌がある。

 東へまかり侍しに、清閑寺(せいがんじ)にたちよりて、道我僧都にあひて、秋は帰りまでくべきよし申侍りしかば、僧都

 かぎりしる命なりせばめぐりあはん
   秋ともせめて契りおかまし


 返し(兼好)

 行くすゑの命を知らぬ別れこそ
   秋ともちぎるたのみなりけれ


 25歳くらいの兼好が、一説によると失意の東下りの際、清閑寺に立ち寄って道我僧都(19歳)に会って交わした歌。兼好が来年の秋にまた寄るからねと言ったところ、僧都は

 もしいつまでの命と判っていたら、再び会うのは秋にしようと約束も出来ましょうが・・・。

 それに対して兼好さんは答える、

 いつまでの命か判らないからこそ、秋に再会しようと約束するのです。

 これちょっと見ると、どうなるか分からない明日を頼みにするなと言うのは、むしろ兼好さんの方じゃないかと思われますね。

ここでは、兼好さんこう言いたいのでは?

 しかし、若いお坊さん、君の言うことは正しいと思うよ、でもちょっと固いんじゃないの。人生は理屈じゃないよ。理屈は普遍的だけれど、〈現実〉はこの瞬間しかないのだよ。それでさ、この現実の瞬間を楽しもうじゃないか。また会うと約束する、それを頼みにすることは、今という瞬間を楽しむことだよ。その時になって当てが外れたら、それはその時のこと。当てが外れることはよくあることだということが腹に入っていれば、べつにそんなに歎くこともあるまいて。

 べつのところで、兼好さんこんな歌も。

 たのもしげなること言ひて、立ち別るる人に

 はかなしや命も人の言の葉も
   たのまれぬ世をたのむわかれは


 おそらく人間は生きていく以上たのまざるを得ないようにできている、だからかな、はかない生き物なのだな・・・。ひるがえって、たのまぬ生き物は、はかないということはない。

 ちなみに、兼好さんは、『徒然草』160段で、この僧の道我という人は古い正しい言葉遣いを知る人として紹介している。


       
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テーマ : 詩・和歌(短歌・俳句・川柳)など - ジャンル : 学問・文化・芸術

コメント

No title

umama01さんへ、返し

約束を はたさで生くは 苦しけど
  どうせこの世は 恥のかき捨て  

No title

言の葉の 契り頼みに あと三日
 との繰り返しぞ 人の生なん

口約束を果たすため、あと三日生きようと続く。
それこそが人の人生ではなかろうか??

長く生きるなんて、こんなもの……という、太宰治風の一句でした。

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