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『エフゲニ・オネーギン』

 METライブ・ビューイングで『エフゲニ・オネーギン』を観た。歌手たちはMETで今をときめく名トリオらしく、申し分なかったとの評判であった。

 小生は何より舞台演出がよかったと思う。背景の林がロシアを、チャイコフスキーを強く感じさせた。森というほど鬱蒼としていず、つまり木々は大きいのだが、間引きをしたのか自然にそうなったのか知らないけれど、木と木の間隔が広く、比較的明るい林って感じ、これがよかった。広大な原野と林これがロシアだと思った。

 幾人かの召使がいる比較的裕福な家庭の屋敷が、こういう広々とした林の近くに点在している。ここに住む人たちは、毎日のように林の空気を吸いながら散歩し、読書し、木を眺める。親しげな眼差しを太い幹から高い枝に、そして風に微かに揺れる葉に向ける。梢の先には空がある。この空の明るさはロシア人たちの憧れの象徴だ。

 いつもチャイコフスキーの音楽について、小生は個人的な思い入れがあって、つねづねどう考えたらいいだろうと思い悩んできた。チャイコの音楽には、いろいろな空想や思い出がまつわりついて、妙な言い方ではあるが、いい音楽なのか悪い音楽なのか、判定ができないでいた。

 ちょっとこういうことに近いかな。太宰治の作品は、小生は若いときに読んで共感するところが大いにあったが、むしろそれゆえにと言ったらいいのか、嫌いになった。小生は太宰は嫌いだと公言していた。しかし、ある年齢になって、なかなか古風でいい感じだと思うようになった。しっかり読み返したわけではないけれど。

 チャイコは、なんでか子供の時からよく耳にした。青年期は好きで何度も聴いた。しかし、まもなくとてもセンチメンタルな感じがして、チャイコ好きを恥じるようになったんだな。しかし、いつしかまたなかなか面白い、ロシアの伝統音楽が充満しているのではないかな、と思うようになった。

今回、『オネーギン』を聴きながら、一言でチャイコを評するとしたら、どう言えばいいだろう、と考えていた。そして思ったのが、ロシア的な憬れと諦め、という言葉がでてきた。そうだ、19世紀のロシアの作家たちの根底にいつも流れていた問題、ロシア人の崇高と陋劣、ペテルブルグと農奴、観念としてのヨーロッパと血に流れるスラブ、この極端な二面の和解しようのない共存。

幕間で指揮者のゲルギエフへのインタヴューで、かれはこう語っていた、「チャイコフスキーのこの音楽は、全編美しい、感傷的なものは全然ない・・・」と。小生はまったく不意を突かれて納得せざるをえなかった。〈すべて〉が美しいのだ。

それから、タチアナの拒絶されたオネーギンの最後の言葉に、自分は悲惨な運命だったというようなことを述べる。ほんとだ、彼もまた、オセロと同じように運命を生きたのだ。そう思うと、ここが音楽と小説との違いかもしれないが、ドストエフスキーの言うタチアナの倫理的勝利などは問題にならない。

ゲルギエフはまたこんなことも言った、旧ソ連時代、学校では『オネーギン』を暗記させられた、そしてこれが大いに役立っている、と。いや、びっくりしたな。偉大な国民的詩人の作品を暗記させるとは、わが国の教育よりずっと立派じゃないか。

オネーギンは叔父から受け継いだ遺産で生きる高等遊民だし、タチアナは公爵夫人になる。二人とも働かずとも生きていける身分だ。しかし、おそらくプーシキンの詩文に表れたロシアの魂は、政治体制はどうあれ、ロシア人にとって必要なものだった。ソ連時代の文化をよく知らずに馬鹿にしていたことは間違っていたな。


    

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テーマ : オペラ - ジャンル : 音楽

コメント

No title

未見太郎さまは、いいですね、絶対音感があって。小生はミーレードと言われても、なーんにも音楽が浮かんできません(トホホ)。でも、エフゲニを思い出すと解りますよ。

「作者は作品の結果である。」「自然は芸術を模倣する。」なんと危険で魅惑的な真実なんでしょう。

No title

うたのすけさま、メットシネマ、エフゲニーオネーギン、私も観ました。

チャイコフスキーのこと、そう言われれば、私も今日の文中にある、(スラブとヨーロッパ、この極端な二面の和解しようのない共存・・・・)を、一幕のラーリナの地でリフレインされる、ミ~レド ドド
シ♭ラ♭ ソ~という、透明でノスタルジックなメロディと、第三幕ペテルブルグでの、ワルツ、ポロネーズのおしゃれな躍動感に、そんな感じを持ちました。

作者のプーシキンはこのストーリーのように、女性をめぐる決闘が原因で亡くなったようです。文学者の人生は、往々にしてその作品のパロディといわれますが、太宰治もしかり、でしょうかしら

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