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兼好法師和歌2

兼好は、30歳あるいは34歳のとき出家をした。1312年(応長2年)のことである。「林瑞枝によれば、後二条帝の崩御により再度、宮廷奉仕の望みが断たれた」からという。(大野芳著『吉田兼好とは誰だったのか』)

そうかもしれないが、いまは出家の動機を穿鑿することはしないで、『兼好法師家集』を紐解いてみよう。

世中おもひあくがるるころ、山里に稲刈るをみて

よの中の秋田刈るまでなりぬれば
   露もわが身もおきどころなし


世の中を離れようという思いが湧き上がっている頃の歌、世の中に厭きている私は露のようにじっと留まっていることはできないだろう。

 世をそむかんと思ひたちしころ、秋の夕暮に

 そむきてはいかなるかたにながめまし
     秋のゆふべも憂き世にぞうき


 趣深いはずの秋の夕べも、この憂き世においては辛いだけだが、出家遁世したらどのように感じられるだろう。

 本意にもあらで年月へぬることを

 うきながらあればすぎゆく世中を
   経がたきものとなに思ひけむ


 つらいけれどもまあなんとか過ぎて行く人生を、なんでとても辛いと思っていたのだろう。

 さだめがたく思ひ乱るることのおほきを

 あらましも昨日に今日はかはるかな
   思ひさだめぬ世にしすまへば


 昨日の感慨は今日は変わってしまう、どうも決心がつかないものだ。

 身をかくすうき世のほかはなけれども
   のがれしものは心なりけり


 身を隠したといったところで結局この世にいることになるのだけれど、心はこの世にはないのだ。

 いかにしてなぐさむ物ぞ世の中を
   そむかで過ぐす人に問はばや


 この世をそむかずに生きている人に訊いてみたい、どのようにして気を紛らわして生きているのかと。

これらの歌から知られるであろう。あるとき兼好を襲った危機、それは西行を襲ったのと同じものであった。どうして人は安穏としてこの世に生きておれるのか。

西行はこう歌った。

 空になる心は春の霞にて
   世にあらじなとも思ひたつかな


 世の中をそむきはてぬといひおかん
   思ひ知るべき人はなくとも


 捨てたれど隠れて済まぬ人になれば
   なほ世にあるに似たるなりけり


 何ごとにとまる心のありければ
   更にしもまた世のいとほしき


 うき世をばあらればあるにまかせつつ
   心よいたくものな思ひそ


 西行が天性の反骨詩人であれば、兼好は教養ある哲学者のように見える。二人は同じ詩魂をもっていて、それが彼らをしてこの世に生きることを難しくしている

だが兼好の場合、その反動として徹底的にリアリストとして生きることを勧める。おそらくこのときすでに30歳を過ぎた兼好は『徒然草』に着手していた。彼のリアリズムはたとえば、

その物につきて、その物を費しそこなふ物、数を知らずあり。身に虱、家に鼠、国に賊、小人に財、君子に仁義、僧に法。(97段)

 兼好最後の歌―

 かへりこぬ別れをさてもなげくかな
   西にとかつは祈るものから


 死別となるとやはり歎いてしまう、西方浄土へ行けるように祈ってはいても。


  

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テーマ : 歴史 - ジャンル : 学問・文化・芸術

コメント

No title

umama01さん、ついつい多く語りたくなりますが、simpleにいきたいですね。
返し 
   冬の朝茶のあたたかき一口に
      なほ世にあるもよしと思はる

No title

おきどころ なきし憂き世に あれどなお
 茶の湯の香に 慰撫の刹那を

身の置き所もないこの世の中なれど
 一杯の茶を飲んだ刹那くらいは安らぎたいものだ。
……言い回しに非常に苦労しました。
が、あまり上手くない気も……
短歌ってやっぱり難しいです。

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