スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

兼好法師和歌3

 兼好は、二条為世門下生のうち四天王のひとりと言われたそうだが、その中ではもっとも真面目に二条派の教条を、つまり古今風の発想を守った歌人であるらしい。のちに二条良基の、頓阿・慶運・兼好の個性を評して、「兼好は、この中にちと劣りたるやうに人々も存ぜしやらむ。されども人の口にある歌ども多く侍るなり」とある。
『家集』2の、

 石山にもうづとて、あけぼのに逢坂をこえしに

 雲のいろにわかれもゆくか逢坂の
   関路の花のあけぼののそら


 逢坂の関と別れて行くにつれ、道沿いの桜の花盛り、空は徐々に明るくなってきて、雲の白がだんだん分かってくる。

 〈めでたし〉と小生なら評したい歌ではある。また、こういう歌もー

 雪ふる日、比叡の山にのぼりて

 のこりつるまきのしたみち猶(なほ)たえて
   あらし吹きしくみねのしら雪


 降った雪の隙間にわずかに残っている木々の落ち枝が、さらなる大雪のために被われて道が閉ざされてしまった、この峯は。

 ここには、あの京極派の新風が感じられないであろうか。

 1350年、南北朝の対立は頂点に達し、ちょうどこのころ兼好も亡くなるのであるが、政治的混乱とともに京極派の活動は消滅する。しかし、歌人たちは政治においてはロビイストあるいは一時的なプロパガンダニストではあっても、彼らの詩的感覚は正直なものであって、京極派の発見した新しい世界は、その後の歌壇全体に大きな影響をあたえずにはおれなかった。


   

   にほんブログ村 歴史ブログへ
にほんブログ村
関連記事
スポンサーサイト

テーマ : 歴史 - ジャンル : 学問・文化・芸術

コメント

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー) URL

プロフィール

うたのすけ

Author:うたのすけ
世の中の人は何とも岩清水
澄み濁るをば神ぞ知るらん

最新記事
カテゴリ
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
FC2カウンター
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。