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『勝鬘経義疏』4

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『勝鬘経』は、敬虔な仏教徒の両親をもつ非常に聡明な勝鬘夫人が仏法の信仰への道を、仏の導きによって歩んでいく過程を、仏との対話(とはいえほとんど独白の形式で)書かれた経典である。義疏とは、経典の内容の解説のことである。

しかし、『勝鬘経義疏』を読めば、それはたんなる解説というものではなく、解説の形式を借りて、矛盾や繰り返しをすら意に介しない太子の思想が燃え出ているのを感じることができる。

『義疏』は、中国の僧たちの『勝鬘経』解説をほとんどそのまま典拠にしている、という研究者がいるそうだ。が、そうかもしれないが、そんなことを言っても別に面白いことはない。以前触れた『十七条憲法』が、儒教、老荘、仏教などの夥しい古い書籍からの引用からなるということを中国古典の泰斗は証明するが、それはもちろん、学問的には必要な研究ではあろう。しかし、われわれ一般人にとってはそれだけではさして面白くないのである。

人間の行為を外から分析しても、それだけでは退屈なだけだ。例えば、100メートル走を科学的に捉え、諸々の骨格、神経、筋肉などの経時的変化の詳細をいくら積み重ねても、各走者の独特の推進力は出てこないだろう。そして、われわれが感動するのはまさにこの力なのだ。

われわれは、『十七条憲法』を断片の組み合わせと見てはなるまい。いわば太子の思想という推進力の軌跡なのだ。外側からではなく、内側から見れば、『論語』からの引用と仏典からの引用とが矛盾するなんてことはないし、言ってもしようがない。そして『勝鬘経義疏』を書けた人こそ『十七条憲法』を創れたと感じる。

   
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