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知多半島一周

数年来の念願の知多半島自転車一週を果たした。幸いその二日間は上天気であった。事前に自転車の整備を怠ったため、出発直後30分くらい時間のロスを生じた。

 まず東浦町に住む友人M氏を訪ねるべく、半島の中ほどの道を進んだ。大高の街を過ぎてからは、できるだけ車の通らない道を選んだ。これがよかった。独特のちょっと肥しの匂いが混じった空気と畑やハウスがどこまでも続く丘陵地帯。

  つひ思ふここは日本かかつて見ぬ
     なだらかな丘遠く続けり

 そうだ、知多半島には山がない。二時間半でM氏宅に着いた。彼はいつも笑顔の人だ、彼と会っていると余計なことが消えていって、透明な気持ちになる。用意しておいてくれた昼食を共に閑談、しかし長居によって再出発の気力を殺がぬよう早めに別れた。

 しかし、ここから常滑方面に向かったのはよいが、何度も道に迷い海岸沿いの道にでるのに苦労した。後で知ったが、ずいぶん余計な道をたどっていたのだ、しかもわざわざアップダウンの多い道を。
友人の家からは東南方向に下っていけばいいだけだとたかをくくって地図を持って行かなかったのが百年目。しかし、

 誤まってまた誤まってわが人生
  もはやこの質(たち)生きるしかなし


ようやく海が見えてきてほっとした。海岸沿いの道を軽快に走ったが、脚とお尻がとても痛くなって、坂井という所で休憩した。海の堤防のところで寝ころんで、数名の人たちがスノーボードのような板を履いてハンググライダーみたいなのに引っ張ってもらって水上をすいすい行ったり来たりしているのを見ていた。

すぐ近くで見ていたのだが、なぜあんなに上手にできるのか不思議だった。風は向こうからこちらの岸に向かって斜めに吹いている。それなのにどうしてここから出発して海の向こうに行って、しかもいつまでも右に左にすいすい滑っておれるのだろう。ヨットなら分かる。しかしただのボードに乗っているだけで、風に煽られて岸にぶつかってこないのは、どうしたわけだろう。・・・などと考えていたら時間が経ってしまった。が、疲れも取れた。

がんばって、予定の師崎(知多半島先端)辺りまでは無理としても、内海(うつみ海水浴場)ぐらいまでは行けるかもしれない、内海まで行けばどこか空いている民宿はあるだろうと考えて、そこからずいぶん頑張って飛ばした。

義朝の首を洗ったという池のある野間(のま)を通り過ぎたのが5時くらいで、これじゃとても6時までに内海には着けまい、あまり遅くなって素泊まりだけさせてくれるのは難しいかもしれない、などと考えながらぐんぐん飛ばす、5時40分くらいのところで、日吉苑というホテルが見えた。

部屋が空いているか尋ねると、一つだけ空いてます、ただそこはエアコンが壊れていますがいいですか。二食付きで12000円ですが、という。食べるのが目的じゃない、きっと多すぎるほどの海の幸を出してくれるんだろう、これを半分に減らして安くしてよ、と内心思ったが、そんなこと言える訳がない。温泉も入りたいし、疲れてもいる、どんな部屋でも寝られれば渡りに船だと思うべきだと、とっさに判断した。

部屋の準備ができるまでしばらく待っていてくださいと言う。海辺を散歩したかったのでちょうどよかった。夕日はすでに伊勢湾のむこうの山の端に接している。このかなり赤い光が今の自分の疲れた体によく似合うと思った。ランボーの「もう秋か、それにしてもなぜ永遠の太陽を惜しむのか・・・」という風情とは全然ちがう、沈みゆく太陽への共感が胸を満たしていた。

     P9132715.jpg


目の前の岩は赤く照らされ、黒々とした水の上を白い波が執拗に大きな音を立てながら押し寄せていた。太陽が沈み、闇が深くなるにつれ、白い波がますます白く、しかしその距離感がますます不分明になっていって、なぜかだんだんこちらに迫って来るように思われ、恐怖を感じた瞬間、踝を返してフロントに戻った。

早速えらくしょっぱい温泉につかり、夕食を済ませ、窓際の椅子に座って、ぼーっと海上の光の明滅を見ていた。ちょうどこの季節、窓を開けておくと、よい風が入ってきて、エアコンなどなくていい。

 ちらちらと揺らぐ灯かりの対岸に
      突如火の玉あれは花火か

万一のため睡眠薬を呑んで寝た。


朝、朝食を一番に済ませて、またあの水際に行った。

     P9142725.jpg


 朝日させば波間の水の透明の
     海いろ深し宝石のごと

出発8時。昨日の遅れを取り戻すべく急いだ。しかし、あまり無理をすると後でダウンする恐れがあるから、体と脚の疲れ具合に注意した。それから、サドルに当たるお尻というか股間の痛みを軽減するために、下り坂はできるだけお尻を浮かせた。

かなり飛ばしているつもりでも、プロというか、例の競走用みたいなえらく細いタイヤでハンドルがぐっと下に曲がった自転車に乗って、ヘルメット、サングラス、スパッツみたいな専用服を着ていく人たちが、どんどん追い越して行く。あっという間に遠くを走っている。やっぱり違うなぁ、あの自転車と言い、格好と言い・・・、あれに較べると、小生の自転車はギヤこそたくさん付いているが、ハンドルはマウンテンバイク的だし、前には買い物かごが付けてあるし、うしろは荷台に鞄がぐるぐる巻きにしてある。恰好もフツーのTシャツと黒ズボン、日本手ぬぐいで頭と首を被っている、どうみてもフツーの、というよりちょっと変わったおっさんだ。負けるに決まっている。

1時間と少しで、昨日その辺まで着くはずだった〈まるは食堂〉に到着。そこの海岸沿いの駐車場で休憩。と、二人の女性が写真のシャッターを押してくださいときた。二人とも高いヒールを履いて、とてもスタイルがよく、ミニスカートがまぶしい。20歳代と思われるが、ちょっと化粧が厚い。とにかく喜んでシャッターを押してやった。iPadだ。いろいろなポーズを撮った。

「どこから来たの?」「名古屋から」「二人ともスタイルがいいねぇ。モデルなの?」「(頭を横に振って)ううん。これから大阪へ行くの」「どうやって行くの?」「車で」そんなことをしゃべって、別れたのだが、その後で、どうしてか芭蕉の句「一つやに遊女もねたり・・・」が浮かんできた。

そこから半島の先端、師崎港までは、わずか10分ばかり、ここへ来たという証拠にフェリー発着場の写真を撮り、軽い達成感を覚えたと同時に還りの道中の困難を思った。というのは、途中の半田(はんだ)から我が家まで迷わずに心地よい道を通って行ける自信がなかったし、疲労とお尻の痛さがさらに強くなるだろうと予想したから。

    P9142732.jpg


それから二時間ばかり、右に海を見ながら走ったのだが、向こう岸に渥美半島がずっと見えるはずだが、どうも様子が違う、かといって三ヶ根山のような山も見えない、おかしいなぁと思っていたが、途中で三河湾の形をよくよく思い出してなんとなく了解できた。

途中、時志(ときし)観音というのがあって、そこが見たくなったこともあって休憩。そのとなりにあった喫茶店の人にむこう岸の地理について確認してもらった。咽がえらく乾いていたので、氷を食べた。

 海中より現れいでたる仏様
     三河の海をまもらせたまふ


このお寺自体はどうってことがないが、この半島には建物とか境内の木とかがなかなか素晴らしい寺が多いことに気が付いた。

木と言えば、この辺りに四肢が曲がったような松の木が道路沿いに生えていて、形から想像するに、若いとき何度も台風か何かで痛めつけられたために、上に伸びず這うように生きる道を選んだといった感じがする。


     P9142743.jpg



その姿に共感を覚えて、

 真っ直ぐに伸びるもよけれわれこそは
     この生き方を天与と思ふ




ちょうど正午ごろ、半田駅の前を通り過ぎた。広い道路に近代的なビルが建っていて、なにかちょっと気になって、一筋、二筋裏通りを走ってみた。するとやっぱり細くて暗い路地にバラックの、あるいは半分朽ちた長屋が並んでいる。概してこの半島の街は一筋入ると、こんな細い路地が入り組んでいて、なぜか家屋は黒く塗られているのが多い。

いまの日本の地方都市は、とくに大都市から離れた海辺の町はこんな感じだろう、しんとして、老人と猫しかいない。古い街道は車こそ通れ、埃だらけのガラス戸の内側のカーテンは閉められっぱなし。若い人はこんな町を離れたくなるだろう。しかし旅人はこの様な風景にこそノスタルジックな魅力を感じ、むしろそこに新しい現代住宅を発見したら興ざめるのである。

とにかく半田を過ぎてどんどん北に走ると新しくできた広々とした道路になっている。どこを走っているのか全然わからない、がとにかく北方向へ進んだ。幸い快晴で太陽の位置が明瞭だから方向は間違いない。ある大きな交差点に出た。道を挟んでコンビニが二軒ある。

そのとき、はっと息をのんだ。昨日M氏が、ここを曲がれと教えてくれた交差点、まさに昨日通った交差点だった。キツネにつままれた気持ちだった。なーんだ、ここに出たのか。ならば、M宅の近くだ。それならってことで再度M宅に。近くの喫茶店でお茶し、それから、行きに来た道と違うコースを通って帰った。どこにでもある都会の郊外の広い道で車も多く、ぜんぜん面白くなかったので、イヤホンで朗読を聴きながら帰った。


    

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コメント

失われた時を求めて

未見太郎さん、そうなんですか! 知多半島に子供のころの記憶がずいぶんあるのですね。そこには海と潮風と果樹園の夢のような平和な印象がただよっているのですねぇ、あなたの宝ですね。

小生は、生まれ育ったのがこちらの方ではないけれど、小学校の時、父の知人が常滑に住んでいて、一度そこへ連れて行ってもらった記憶があるのみです。しかし、独特の〈やわらかい海〉の感触は残っています。

No title

umama01さん、紀行報告は、もっと言葉少なに、そしてもっと写真を入れた方がいいですね、たしかに。今後はそう心がけます。 

これ、ささやかなわが生涯の夢の一つでして、今までチャンスを逃していたのです。この連休の晴れ間、今しかないと思いたちました。

自転車は最寄りの駅までとか、近場ばかりちょくちょく乗ります。

No title

うたのすけさん・・・・、本当にタフですね、さぞ日焼けされたでしょう。
幼いころ、家族で海水浴の折り、車窓から聚楽園の大仏様が見えるともうすぐ海だとワクワクしたものです。今は中部国際空港などができて知多半島全体様変わりでしょうね。昔は富貴あたりでも泳げましたよ。
知多半島には山がないとありますが、蜜柑狩りやわらび採りで、高台に上ったとき左右に海が臨めて、なんと(お得な)ロケーションと、感激した思い出があります、なんか夢のような・・・。

また、時志観音のようなお話は、愛知県あま市の甚目寺観音のご本尊もやはり大昔海中の網に引っかかって・・・ということらしいです。天変地異の所産ですね。

とりとめのない長いコメントですみません。わたしにはこの半島、子供時代、青春時代の思い入れがありすぎて、この記事に感謝です。


No title

……元気ですねぇ。
私はもはや自転車を手放して久しい人間ですので……絶対に無理だと確信が持てます、はい。

で、一つだけ。
こういう時のお知らせは、もうちょっと写真があると見栄えが良くなると思いますよ~~。

百聞は 一見如かずと 言ふけれど
 語る言なき 景色の多さよ……

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澄み濁るをば神ぞ知るらん

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