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花も紅葉も

 藤原定家の「見わたせば花も紅葉もなかりけり浦の苫屋の秋のゆふぐれ」。この歌は三夕の歌の一つとして有名で、たいていの人が知っている。昔は浪花節みたいでふざけた歌でどこがいいのと思っていたのだが、いつだったかある日、これはすごい面白い歌ではないかという考えが頭をよぎった。

 何と言うか、この歌は『新古今和歌集』の新しさを評していて、またそれゆえにその先をいっている。いわばメタ認識の文学と感じさせる。あるいは形而上学的な、つまり、詩人は、パズルでもするように、言葉の論理的な組み合わせによって、新しい次元の世界を現出させることができるということの発見。ふと思い出したが、〈言葉の錬金術〉というのがぴったりくる。

 いや、あるいはまたSF的と言えるかもしれない。考えて見れば、われわれは古代より浦島太郎やかぐや姫の物語を好んで話していた。「猿の惑星」ではないが、いつもの海浜の景色を見たら、あれほどあでやかな景色がぱっと消え、信じられない灰色の世界になっていた。むしろそう受け取った歌人たちも居たのでは、とも想像できて面白い。

 さて一般的には、一見あばら屋しかない海浜の茫漠たる景色について詠ってる、ここに〈花や紅葉〉という言葉を入れることによって、一瞬われわれの脳裏に鮮烈な記憶を呼び出し、それが〈ない〉ということによって眼前の景色のいっそううらぶれた印象を強めている、と評される。

 そしてまたこの歌は、ときに指摘されるが、紫式部の『明石』にいわゆる「なかなか春秋の花、紅葉の盛りなるよりは、ただそこはかとなう茂れる蔭どもなまめかしきに…」の、海鳴りばかりの海浜のあはれを歌にしたとも言われる。

 しかしそれにしても、定家の歌はそのような独自のいわば抒情性を欠いている。それは一つには「見わたせば」という唐突な始まりにあり、そしてまた、〈花も紅葉も〉と〈苫屋〉との無礼な対比、無機的な直結にある。そして縁語や枕詞を援用せず「なかりけり」できっぱり断定する。向こう意気の強い25歳の定家のふとした勇み足か、しかしそれはその後の天才の運命を決したよう思われる。そこには西行の〈あはれ〉はまったくない。

 むろん伝統的な和歌としては失格かもしれないが、これを定家が狙ったと考えると、やはり非常に斬新な歌に見えてくる。むしろ歌という形式ならでは可能な新次元の発見と言えないか。西洋絵画史におけるセザンヌのように、いわばパーソナルな視点を離れたところの純粋な知覚世界の存在を、言語でもって垣間見せたとは言えまいか。

            *

 定家のこの歌は茶人たちにもてはやされたというところが、小生には面白く感じられる。『南方録』に曰く、

 「紹鷗のわび茶の心は、新古今集中、定家朝臣の歌に、

  見わたせば花も紅葉もなかりけり
     浦のとまやの秋の夕ぐれ

 この歌の心にてこそあれ、と申されしとなり。花紅葉はすなはち書院台子の結構にたとへたり。その花紅葉をつくづくとながめ来たりて見れば、無一物の境界浦のとまやなり。花紅葉を知らぬ人の、初よりとまやにはすまれぬぞ。ながめながめてこそ、とまやのさびすましたる所は見立たれ、これ茶の本心なりといはれしなり。…また宗易いま一首見出したりとて、常に二首を書きつけ信ぜられしなり、同集家隆の歌に

  花をのみ侍らん人に山ざとの
     雪間の草の春を見せばや

 これまた相加へて得心すべし、云々。」 ・・・

『千利休事典』によるとこのことを、「〈侘は清浄無垢の仏世界〉をあらわすと説いた利休は、紹鷗が定家の歌で侘びを表現したのに対し、なお加えて家隆の一首を取り上げて、自然界の伊吹の中に侘びをとらえることによって、遊芸からは程遠い精神的な働きを重視する草庵茶道の理論化を完成させたのであった。」と書いている。

 それにしても、利休はどうしてこの二首を並べて信仰したのであろう。一見家隆の一首だけでも充分であるように思われるが。紹鷗への敬意からであろうか。それとも、定家の歌という初動が必要だからであろうか。小生にはどうもそのように思われる。
 
 〈雪間の草〉に自足する心は、俗に在りながら俗ではない。この心を会得するには、いったん定家の錬金術によって、この分かり切った世を離れた真の自然界を垣間見る経験がなくてはならない、そして一たびその経験をした者は再びのこの世に還ってきたとき、いわば新しいヴィジョンを得る。彼は人の世を違った風に見、生きる。そんなふうに空想する。




     

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