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ゴジラ

映画と言えば、昨年見た『ゴジラ』を思い出したが、今から思うとなんであれが『ゴジラ』なんだ。主役はあの鳥のような昆虫のようなムートーとかいう怪獣じゃないか。
 おそらく〈ゴジラ〉というネームヴァリューを優先させたのであろう。『ムートー』なんてタイトルの映画だったら見に来る人は少ないだろうな。『ゴジラ対ムートー』としても、昔に『ゴジラ対なんとか』シリーズの続きみたいで、もういいよという気分。

 小生が子供のころ、ゴジラという名前は迫力があった。それはまさに原水爆の威力の象徴だった。圧倒的な力で自然を破壊してしまう。人間はほんらい自然の前では無力なのであるが、われわれの科学は自然を構成している原子の秘密を知りその力を利用できるようになってしまった。それがために自然の制御を通り越して、自然を破壊し、さらには抹殺しえるようになった。そしてそれを為し得るようになった人間は自身をコントロールできないのでは、という恐怖を人々は感じ始めていた。

 2014年のこの日米合作の『ゴジラ』においては、あの津波でやられた福島原発事故に想を得ている。原発事故後の施設でムートーの育成をしていたところ、その怪獣は一気に育ち、施設から脱出して姿を消す。以前からそのあたりで振動(超音波?)が繰り返し聞かれたが、それが遠く離れた番(つがい)の相手との呼びかけであった。

 ムートーの番はアメリカ西部の核施設に向かっていた。栄養源としての放射能を取りに行くためである。いっぽう南海のどこからかゴジラが現れて同方向に急接近している。それはゴジラの狩猟本能に導かれてムートーを目指していたのだ。

 それを知った対策本部は核弾頭を囮(おとり)にして怪獣らを太平洋上に誘い出し、そこで集まった三匹を一挙に核爆発で殺傷してしまおうと目論んだ。そして、核弾頭を列車で港まで運ぶのだが、途中で核の匂いに敏感なムートーに見つかって奪われてしまう。雌のムートーは港にほど近いところで核弾頭の周りにぎっしりと産卵する。

 そこへゴジラが海からぬっと出てきて、激しい市街戦となる。最終的にムートーの番は死ぬ。死力を尽くしたゴジラもその場で倒れる。その戦いのさなか主人公は石油パイプを切って産卵場所を石油の海にし、そこへ火を放て卵を燃やしてしまう。そして核弾頭をボートに運び沖に向かった。そしてどうなったか忘れたが、たぶん時限発火装置を止めたのではなかったかな。明くる日、横たわっていたゴジラが目を覚ました。人々が驚くなか、ゴジラはゆっくりと海に入り姿を消す。

 興味深く感じたのは、ここではゴジラは人間世界にも核爆弾にもまったく関心を示さなかったことである。結果的には、核を必要とする怪獣を倒し人間世界を救ったことになったが、わざわざ南海から泳いで来たのは、ただただムートーと戦いたかったためである。ゴジラは昔日の核の威力の象徴から、もはやその役割は他の怪獣に譲り、ここではもの言わぬ圧倒的な神のような存在になった。


     

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