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『The unlikely pilgrimage…』

 三か月くらい前、知人がくれた本がある。英語の小説なので、なんとなく敬遠していたのだが、せっかくもらったのだし、冥土の土産ってことかもしれない、まあなんとなく読んでみようと読みだした次第だが、なかなか面白く、小生の拙い英語力でもずんずん引き込まれてしまった。

 『The unlikely pilgrimage of Harold Fry』という2012年に出た小説。主人公ハロルドは背の高い、しかし臆病でおとなしく、まあ凡庸といえるこの男は、イギリスの南端の都市に住んでいる。定年退職後、仕事と言えば庭の芝刈りくらいか。子供はいない。かつて息子が一人いたが、20年も前に自死してしまった、それからというもの妻との間には隙間風が吹きっぱなしで、形ばかりの家庭をなしている。

 ある朝、一通の封筒が届く。開いてみると、それはずっと以前、ハロルドの職場でしばらく一緒だった女性キニーからだった。彼女はいまガンを患っていて、遠く離れたスコットランドの、あるホスピスに居るということだった。それで彼は返事の手紙を書いて投函しようとするが、ポストの前に立つごとに、こんな文面でいいのだろうか、と投函をためらう。そして、バーガーを食べるために立ち寄ったガソリンスタンドの女の子とおしゃべりをする。

 女の子はハロルドの話を聞いて言う、自分の叔母もガンを患っていた。でも前向きな気持ちでいなくちゃ。人間の心にはまだまだ理解できないことがいっぱいあるし、それを信じて進まなくては云々。宗教的信念とはふだんから無縁のハロルドは、しかしこの女の子の言う信仰という言葉が頭から離れない。それは宗教的なものではないと少女は言うが、小生に言わせれば、その態度はまさに宗教の普遍的発端に立っている。

 ハロルドは、突然電話ボックスに飛びこみ、ホスピスに電話する。返事を待つ間、自分がいる街から、1000キロも離れた病気の女性がいる街への道路や川や山などを想像する、そのとき突然、決心がやってくる。彼は電話に出たホスピスの職員に言う、今からそちらに向かうから、それまで待っているようにキニーに伝えて、と。

 なんの躊躇することがあるものか、彼はそのまま北に向かって歩き出した。1000キロメートルの歩行の旅、まさにそれは贖罪の行為すなわち巡礼に似たものだった。決して健康とは言えない彼にとって、道中は困難を極めた。ほどなく足にマメはできる、化膿はする、脚がつる、・・・。しかし彼はいろいろな人たちと出会って、それぞれの人がいかに彼ら独自の問題を抱えて生きているか、そして歩く理由を語る彼にいかに多くの人たちが共感してくれるかを知る。

 様々な人たちとの出会い。イングランドの町や自然の風景を彼は今更のように見つめる。それらが絶えずヒントになって、彼の頭に自分の過去の生活が繰り返し蘇る。両親の思い出、妻との出会いそして結婚、息子への無理解と彼の自死、冷たくなりゆく夫婦関係。勤めていた会社におけるキニー。それらが蘇るたびに彼の理解は深まる。新しい人たちとの出会い、自然の風景、そして記憶のフラッシュバック、これらが混然一体になって、物語を展開させる作者の手腕はさすがと感じた。

 出発して目的のホスピスに到着するまでの87日間には、様々な紆余曲折があった。道を間違えたり、また彼の〈巡礼〉に賛同して付いてくる人たち、賛同者が多くなればなるほど誤解も増え、マスメディアも飛びついてきて、ゴシップのネタにする。終わりのほうで彼は疲労困憊し、旅を諦めようともする。しかし、ついにホスピスに着いた彼は、一人の修道女に案内されて、キニーに逢うことができる。だがすでに彼女は話ができる状態ではなかった。

 キニーの死ののち、修道女はハロルド夫妻に夕べの祈りに同席する許可を与える。薄暗い室内で、二人が思い出していたのは彼らの息子の死だった。そのむかし息子の死を諦めきれず夫を責めた妻は、いまそのことを彼に謝る。そして思う、how a life is not complete without meeting its closure.…If we can’t be open, if we can’t accept what we don’t know, there really is no hope.(人生は死の後にはじめて完成する。…もしわれわれが心を広く開いて、知り得ないことをも受け入れなければ、希望はないだろう)

  この本の表紙に the Sunday Times bestsellerと書いてある。なるほど、本当にこのような本を多くの人が読み、しみじみ感じるところがあるならば、それは文明国と言える。それに対して思う、豊かになった人々が高額の炊飯器や便座を買いあさるようになっても、それだけでは文明国ではない、と。


     

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