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鎌倉に行く1

かつて本当に行ったことがあるのか、それとも夢の中で行ったのか、あるいはエピソードや写真からあたかも実際に行ったかのような記憶が作られていったのか、…そういう場所があるものだ。小生にとって鎌倉がその一つである。

 たしか、そのむかし鎌倉駅で乗り降りしたことがある、線路や混雑したホームの状況は浮かんでくる。しかし、鶴岡八幡宮はまったく記憶にない。大仏の前に立ったことがあるようなないような…、という感じで、じっさいには鎌倉には行ってないような気がする。

 福井の従兄弟が、彼の姉の嫁ぎ先の鎌倉へ叔母を連れていく、それに合わせてわが娘も鎌倉へ行くという、ならば小生もということで、鎌倉に向かった。電車を二回乗り換えて、鎌倉駅のホームに降り立ったとき、高架になっているし、周囲の雰囲気はあの時と違う、やっぱり来たことがないかな、と思った。しかし、あの時とはもう何十年の隔たりがあるから変わっていて当然だ・・・。

 従姉妹の嫁ぎ先の家は駅から歩いて6・7分の所にある。御主人にまず、駅の構造は昔と変わっていないかどうか尋ねたところ、変わっていないとのことであった。やはり小生は鎌倉には来ていないにちがいない。

ところで、さらに今回あたらしく勘違いをしていたことは、駅は高架だと思いこんでいたことだ。じっさいレールは地面の高さにあって、改札口が地下にあるだけなのである。このことを、帰って来てから頭の中でハッキリ確認した。この確認がなければ、あるいは確認しても、十年後にも、鎌倉駅は高架になっているという印象に強く支配され続けている可能性大である。

 親戚に行く前に、じつは先に北鎌倉で降りて、東慶寺に寄った。どうせ鎌倉に行くのなら、小林秀雄の墓参りをしておこうと思いたったからだ。参道の両脇には梅がまだ見頃で、それらの多くは概して、早くに成長を断念したような奇怪な小さな老木で決して美しい形ではない。しかし、それらが一様に参道に並んでいるところを歩いて行くと、わざとそのように造られたようにも思われて、こういう木訥というか、一見飾り気がないような、この感じがなかなかいいようにも思えてくる。これはこういう種類の梅なのか、狙って作ったものか、剪定はどうしているのか、今にして思えば、あのとき掃除をしていた庭師風情の二三人が居たが、その人らに訊いておけばよかった、残念無念。

東慶寺1  東慶寺2

 墓地と言っても平地にぎっしり並んでいるようなのではなく、大木が散在する苔むした山裾のなだらかな斜面に、墓石がぱらぱらと散在している。とても静かで、鶯などの鳥が鳴いている。ふだんから墓は要らぬと公言している小生でも、こういうところに眠れるなら墓もいいものだと思った。

   東慶寺3


この寺はもと尼寺で、縁切り寺とも言われ、女性のための駆け込み寺であったそうである。この寺の衒いのない柔らかい雰囲気はそのゆえであろうか。ちょうどやっていた仏像展を見て、帰りがけ目の前にある円覚寺にも寄った。ここはまた立派な山門をかまえた広い寺である。臨済宗の一本山、北條時宗の開基。座禅道場を有するとのこと。

 午後、親戚の家に行った。従姉妹はわれわれのために、うどんを作ってくれた。曇りだったけれど、御主人が由比ガ浜と江の島を見せてあげようと、車で案内をしてくれた。途中でとても車が混んでいたので、江ノ島までは行かず、大仏まで送ってくれた。この大仏さまは、見ようによってはえらく猫背で、長年の風雨の影響か眼の下が暗くよどんでいて、悩んでいるようにも見えて、また頬の辺りの継ぎが露骨で、ちょっと怖い印象を与える。

小雨がぱらぱらする中、すぐ近くの長谷寺へ。大きな金箔の十一面観世音菩薩像が力強く見える。奈良の長谷寺とはこの観音像の深い奇縁で結ばれているそうな。

  ありがたや 春雨けぶる 堂のうち

それよりなにより、ここには、巨木がいくつか立っていて、これに目を奪われた。

長谷寺


   観音の 威光を受けて 育ちけり

           

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